スキルなし・未経験から1年半で月収50万円へ。元小学校教師が「選ばれるマルチプレイヤー」として、ライフステージの変化に妥協しないキャリアを築いた方法

「フリーランスとして独立しても、本当に稼げるようになるのだろうか」――そんな誰もが抱く不安を圧倒的なスピードで乗り越え、未経験からわずか1年半で会社員時代の2倍以上の月収を達成した人物がいる。元小学校教員であり、現在は国内向け・インバウンド向けSNS運用代行やYouTubeディレクション、オンライン秘書、コーチングなど多角的に事業を展開するケトル萌氏だ。
彼女はフリーランスになる前から、特別なスキルやビジネスセンスを持っていたように見えるかもしれない。しかし彼女は「SNS運用代行がすごく向いているわけでもないし、英語を使う仕事にも、最初から大きな自信があったわけではない」と驚きの告白をする。では、なぜ彼女のもとには途切れることなく案件が舞い込み、短期間で単価を上げていくことができたのか。
本稿では、安定した教員・会社員の立場を捨ててまで彼女が手に入れたかった「人生の主導権」の正体から、時給300円のクラウドワークス案件からスタートして月収50万円に到達するまでのステップ、そしてクライアントから「手放したくない」と思われるためのコミュニケーションの極意を本人が徹底解説。全4回の第1回。
みんかぶプレミアム連載「フリーランスの稼ぎ方大全」
目次
「キャリアを諦め続ける人生」からの脱却。いつでも、どこでも働ける自由を目指して
私がフリーランスという生き方を選んだ最大の理由は、人生における価値観の優先順位が「家族」へと大きく変化したからです。
私はもともと英語教員になりたくて、大学時代に英語の勉強に取り組んだり、オーストラリアに留学したりして、英語力を高めました。ちょうど小学校で英語教育が始まるタイミングだったので、海外経験を得て学んだ「コミュニケーションとしての英語」を教えたいと思い、公立小学校の教員になりました。
公立小学校で3年、その後インターナショナルスクールで3年間、教員として働きました。その後、人生の転機が訪れます。ウェールズ人の夫と出会い結婚、そして県外へ引っ越しすることになったのです。
小学校教員時代、目の前の子どもたちと過ごす日々は本当に楽しくて、同僚や保護者の方々にも恵まれ、仕事自体はものすごく充実していました。ただ、帰宅時間が遅くなるなど家族との時間が取りづらく「自分の人生の中で価値を置いた時に、自分の家族をもっと大切にできる、家族のことが見えるお仕事をしたい」という思いが強くなりました。
そのため、引っ越しを機に、私は教員の仕事には就かず「新しいフィールドの仕事がしたい」と、民間企業に転職しました。
その企業は、フリーランスを育成するスクールを運営する会社で、私は翻訳者になりたい方向けのコース運営を行なっていました。そして日々の運営業務以外に、広報や販売促進などの業務も任せてもらえるようになり、2年半ほど働きました。この仕事もたくさんやりがいを感じていましたが、仕事を頑張れば頑張るほど、どうしても「時間の壁」にぶち当たることになったんです。
毎日帰ってくる時間が遅く、家族と過ごす時間がなかなか取れない。それに、会社員としての収入もどこか頭打ちになっていると感じていました。
さらに私の場合、夫が外国人ということも大きな要素でした。将来的に夫の両親の介護や、夫の仕事の都合で、いつ海外へ移住することになるか分からない、このまま日本に定住できないかもしれないという環境だったんです。
「家族の状況が変わるたびに、自分のキャリアを諦め続けなければいけないのかな」そう考えたとき、私はキャリアを模索しはじめました。
公務員や会社員という「安定」を捨てることに不安がなかったわけではありません。でも、それ以上に、環境の変化とともに何かを諦め続ける働き方のほうが、私にとってはるかに怖かったんです。だからこそ、場所や時間に縛られず「いつでも、どこでも働けるスキル」を身につけて独立しようと腹をくくりました。
フリーランス育成スクールで勤務していたとき、生き生きと働くフリーランスの方々を間近で見ていたことも背中を押してくれました。自分の人生に自分で責任を持ち、いろいろな仕事を掛け持ちしながら楽しそうに働いている姿が、私の目指すべき理想の未来になったのです。