「慶應幼稚舎は縁故がないと無理らしいよ」億り人投資家ママが絶望した不透明な小学校受験市場…入学金で数十万円は当たり前の世界
人気が高まり続ける中学校受験を避けようと、都市部では密かに小学校受験を避ける選択肢を取る保護者も出てきている。億り人投資家ママのちょる子氏もそのひとりだ。同氏が本番までの苦闘の日々を綴るーー。
みんかぶプレミアム連載「億り人投資家ママ ちょる子の小学校受験戦記」
目次
小学校受験最大の壁=縁故
2025年度の都内私立小学校志願者数は約4万5,000人。一方で日本の出生数は70万人を割り込み、子どもの数そのものは減り続けている。 それにもかかわらず、難関校では10倍超の倍率も珍しくない。
幼児教室や家庭教師への教育投資も拡大を続けており、学習塾・予備校市場は約1兆円規模に達している。
経済学の視点で言えば、これは極めて「価格弾力性の低い」異常な市場だ。 どれだけコストが高騰しようが、需要が落ちない。
なぜなら、親が買おうとしているのは単なる「教育サービス」ではなく、その先にある「愛するわが子の未来」だからである。
全国模試で総合一桁台という成績を収め、選ばれしエッセンシャルコースへの切符を手にした私たち夫婦もまた、その熱狂の渦中で完全に波に乗っていると信じていた。 しかし、秋風が吹き始めた頃。私のその自信は、ある先輩ママさんの一言によって粉々に打ち砕かれることになる。
「ちょる子ちゃん、模試で一桁台なんてすごいね! でも、慶應幼稚舎は外部生は厳しいって聞くよ。あそこは縁故がないと難しい世界みたいだから、記念受験だよね」
……えっ? えんこ!!??
一瞬、思考が停止した。 朝早く起きてペーパーに向き合い、できた分だけクロミちゃんのスタンプを押し、娘が泣きながら点図形の線を引いて積み上げてきたあの泥臭い努力が、「記念」?
慌てて各種受験情報に目を通した。 慶應幼稚舎は非常に人気が高く、女子の募集人数は男子の半分程度であることから女子のほうが狭き門だと語られることも多い。また、お受験界隈では「卒業生家庭や著名人、学校とのつながりが評価されるのではないか」という都市伝説のような声も耳にした。真偽のほどはわからない。
株式投資の世界なら、企業のIR資料を読み込み、決算を分析し、自らの頭で企業価値を適正に評価できる。
だが、小学校受験は違った。 学校側は何を見ているのか。何が評価されるのか。どこまでが娘の実力で、どこからが親の「縁」なのか。私にはまったく見えなかったのだ。
フェアな市場環境を好む投資家として、この評価基準の完全な不透明さは強烈な違和感であり、恐怖でもあった。
だからこそ私は、感情に流されるのではなく、戦略で考えることにした。
数十万円の「オプション・プレミアム」と、東京一本打法の決断
特定の一校に人生を賭けるのではなく、複数校を比較しながら娘に合う環境を探す。いわば「受験ポートフォリオ」の構築である。 ただし、ここで私は幼児教室の先生方と少し違う判断をした。
先生はこう言った。
「千葉も受けましょう」「埼玉も受けましょう」「神奈川も受けましょう」
理由はよくわかる。本番前に試験慣れができるし、合格をもらえば子どもの自信になる。
トップブランド校を除けば、小学校受験は戦略的に併願することで合格確率を高められる。実際、多くのお受験家庭が「場慣れ」と「滑り止め」としてこの戦略を取っている。
私たちの本命は、11月1日から解禁される東京エリアの学校だ。
しかし、本番の独特な緊張感の中で、6歳の幼児が普段通りの力を発揮するのは至難の業。
そこで9月の埼玉・千葉、10月の神奈川エリアでの「前哨戦」に挑み、あわよくば「合格」の二文字を御守りにしてから東京本戦に挑むわけだ。
だが私は、最後まで迷った。ここには、親の財布を削る残酷なリアルが隠されているからだ。 「入学金の即日納付」という罠である。
前哨戦で合格をもらった場合、合格発表の当日や翌日までに、数十万円の入学金を振り込まなければならない学校が多い。本命に受かって辞退しても、このお金は一切返ってこない。本命の合格発表まで権利を維持するための「オプション・プレミアム(権利維持費)」。数十万円という大金が、ただの安心料として容赦なく飛んでいくのだ。
合格しても通わない学校を受けることに、どうしても合理性を見いだせない。移動時間も、受験準備にも膨大な時間が必要だ。その時間と体力があるなら、本命校の過去問や行動観察の練習に集中投資した方がいいのではないか。
投資家として考えれば、限られたリソース(時間・金・体力)をどこに配分するかは極めて重要な意思決定だった。最終的に、私は滑り止めなしの「東京一本打法」を選んだ。
この判断が正しかったのかどうか。その答えを知るのは、もう少し先の話である。
有給休暇の消滅と冷雨の行列。共働き家庭の「願書地獄」
戦略が決まれば、あとは実行あるのみ。 だが、現代の共働き家庭には「物理的な地獄」が待ち受けていた。
本番の試験日や面接日は平日が圧倒的に多く、多くの学校では両親揃っての出席が求められる。夫婦揃って何日も仕事を休まなければならない。さらに立ちはだかるのが「願書提出」の壁だ。未だに指定日時に、学校の窓口へ直接持参することを義務付けている伝統校も少なくない。
冷たい秋雨が降る朝、私は休みを取り、某学校の門前に並んでいた。 受付開始の前だというのに、すでに長蛇の列。寒空の下、ポケットのカイロを握りしめながら、ただ書類を渡すためだけに何時間も立ち尽くした。
スマホには仕事のチャットが容赦なく飛び込んでくるが、一歩学校の中に入ると「スマホの電源は切るように」と指示があるため、一切見ることができない。小学校受験において、学校内でスマホを操作することはマナー違反であり、持参した本を静かに読書して待機する親御さんがほとんどだ。
「書類を一枚提出するだけなのに、こんなに大変なのか……」
これがお受験における「願書地獄」の洗礼だった。 私立と国立、それぞれ異なる締め切りと提出ルール。カレンダーはまるでテトリスのように予定で埋め尽くされていった。
そこで私は、一人で抱え込むことをやめた。 夫は有給休暇の残日数を洗い出し、試験日は下の子の担当を引き受けてくれた。祖父母にも頭を下げてサポートをお願いした。
深夜、夫婦交代でペンを握りながらコーヒーを淹れる。 小学校受験は、子どもだけの受験ではない。家族全員で走り抜ける、狂気のフルマラソンだった。