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「物乞いをしている女性から呆れられた人生」2000年代初頭、男を心の底から憎んでいた女たちが集まるインド・コルカタの歓楽街”ソナガチの記憶

 1980年代から90年代にかけて、アジアの歓楽街は熱気と混沌、そして甘美な腐臭に満ちていた。高度経済成長のあぶく銭を握りしめ、男たちは夜の底へと沈んでいった。これは、かつて暗黒街に沈み、熱気と混沌に溺れながら「愛」を探し求めた男の回想録である。

「ブラックアジア」「ダークネス」でカルト的な人気を博す作家・鈴木傾城氏による連載「アジアの暗黒街で愛を探した男」第14回――。

<前回までのあらすじ>

 2000年代初頭、東南アジアを彷徨う筆者が向かったのは、100人中99人が「行くな」と恐れた地獄の国・インド。コルカタの凄まじい貧困に圧倒されながらも、物乞いの女性ピアと出会い交流を深める。しかし、真の目的は歓楽街ソナガチへの潜入だった。彼女の制止を振り切り、さらなる地獄へ落ちていく。

目次

異臭と混沌に埋め尽くされた街

 コルカタは本当に人が多かった。そして、どこもかしこも薄汚れていた。生ゴミは放置され、ホームレスもあっちこっちにいる。路上では下半身が裸の幼児がうろうろして、道端の好きなところで排便したりしている。

大人の男たちも好き放題、あちこちで小便していた。ある朝、何人もの男たちが一定間隔で距離を置いて壁に向かってしゃがみこんでいるので、何か宗教的な祈りでもしているのだろうかと思ったら、みんな壁に向かって小便をしているのだった。

「なるほど、男も壁に向かってしゃがんでするのがインド式か……」

 なかなか開放的だが、お陰で街のあちこちで掃除をしていない公衆トイレのようなニオイが充満していた。最初は異臭に顔をしかめることもあったが、数日いるとまったく何も感じなくなった。慣れとは恐ろしいものだ。

 この街を歩けば、ひとりになれることがない。次から次へとホームレスがやってきては執拗に後をつけ回して「バクシーシ、バクシーシ」と言っている。それに、私が外国人であることに興味を持った子供やヒマ人の男も延々とまとわりついた。

 見知らぬ市場に行っても、いつの間にか子供を抱えた女性や、私に何かを売りつけようとする商人がやってくる。用もないのに声をかけてくる男もいる。そして、朝から晩まで見知らぬ人間に「カネをくれ」と言われ続けるのだ。

悪名高き暗黒街「ソナガチ」へ

 そんなコルカタでも、特に悪名高い地域があった。それが「ソナガチ」だった。

 ソナガチはインドでも非常によく知られた歓楽街なのだが、悪い噂はかなり聞いていた。女たちは泥棒、ヒジュラ(女装した男)は強盗、物乞いはひったくり、部屋は不衛生、性病とエイズまみれ……と、その悪評は枚挙にいとまがない。

 サダル・ストリートで知り合った物乞いのピアも「絶対に行くな」と言うくらいだから、相当な「悪所」である。普通の人なら足を踏み入れないのだろうが、私はこのソナガチに行くためにコルカタに来た。今さら行くのをやめるという選択肢はない。

 ピアが言うには、サダル・ストリートからソナガチまでは相当な距離があるらしい。そこで、私はアンバサダーのタクシーに乗って、ソナガチが嫌いなピアに見つからないように、こっそり行くことにした。

 タクシーの運転手はじろじろと私を見て「ソナガチは初めてか?」と尋ねてくる。「そうだ」と答えたら、この運転手まで「やめた方がいい」みたいなことを言い出す。ますます不安な気持ちになっていくが、もう覚悟は決めていた。

 ソナガチの入口は交通量の多い幹線道路に面していて、別に特別な目印があるわけでもなかった。何も知らなかったら見過ごしていただろう。タクシーを降りるときに、不安になったので「本当にここがソナガチか?」と運転手に尋ねたほどだ。

 運転手はうなずいて、さっさと行けと降ろされた。

 半信半疑でソナガチの入口を入ってしばらくすると、その瞬間に私はそこがまぎれもないインドの暗黒街であることを一瞬で悟った。入口から20メートルも行かないうちに、多くの女たちが道路の両脇で野生の動物のようにこちらを見て待ち構えていたからだ。

男を無理やり部屋の中まで引きずり込む場所

 彼女たちを見ながら無防備に歩いていると、急に何人もの女たちが私に飛びついてきて、猛烈な力で私を羽交い締めにしてきた。

 暴力的だった。客引きというレベルを超えていて、強盗に襲われているのではないかと思うほどだった。粗野な女たちを振り切りながら歩いていくと、ソナガチはこれまで東南アジアで見た暗黒街とはまったく違う様相の場所であるのが分かってきた。

 女性が立ち並ぶ東南アジアの暗黒街というのは、ほとんどの女性が魅惑的な笑みで男たちを誘っていた。ところがソナガチの女たちは、まるで男が憎いと言わんばかりの形相でこちらを睨みつけていた。

 私を食い入るように見つめる彼女たちの視線は強かった。凝視と言ってもいい。私と視線が合っても、目をそらすこともなく、まっすぐに私を見据えて、モノを投げるような手招きで何かを叫ぶ。

 近いところにいる女性は、私のシャツをわしづかみにして、全体重をかけてどこかに引きずり込もうとする。振りほどいて先を行こうとしたら、私を逃した女たちは最後に私の腕や背中を一発殴ってから手を放すのだった。

 他の国の歓楽街は男が女を選ぶ場所だが、ソナガチは違った。女たちが、やってくる男を無理やり部屋の中まで引きずり込む場所だったのだ。カンボジアのトゥールコック地区の女たちも強引だったが、ソナガチの女たちは殺気立っていた。

 あまりの気迫に圧倒されて、いったん退却したいという気持ちになったが、もうここまで来た以上は誰かの「餌食」になるしかなかった。結局、羽交い締めしてきた女性のひとりに根負けして、私は彼女のねぐらにしている古ぼけたビルの中に引きずりこまれたのだった――。

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この記事の著者
鈴木傾城

作家、アルファブロガー。1966年生まれ。20歳の頃にタイに旅立ち、そのまま社会からドロップアウト。以後、本格的に東南アジアの歓楽街・貧困街に沈没する生活に入り、2000年よりサイト『ブラックアジア』を主宰、カルト的な人気を得る。2009年より時事を扱うサイト『ダークネス』を立ち上げ、3年で1億PV超達成、アルファブロガーとなる。著書『ボトム・オブ・ジャパン日本のどん底』『ブラックアジア』『絶対貧困の光景』等々。

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