血文字の反省文を強要する母「生んだときから医者にすると決めていた。逆らうなら慰謝料と学費1000万ね」…死んで解放されたいと願う娘

 母を殺害し、バラバラにして遺棄した髙崎あかり(仮名)。あかりの医学部への挑戦は実に計9年に及んだが、その挑戦が実を結ぶことはなかった。娘を医師にすることに固執し続けた母とその願望を一身に受けた娘は、互いに段々と疲弊の色を濃くしていく。逃げ出したくても逃げ出せない母娘の日常を元共同通信社記者の齊藤彩氏が描き出す。 全4回中の3回目。 

※本稿は齊藤彩著「母という呪縛 娘という牢獄」(講談社)から抜粋・編集したものです。 

第1回:「どちらかが死ななければ終わらなかった」9浪娘が”異常な干渉や監視”を続けた母を殺害… 母は私を心底憎み、私も母を憎んだ
第2回:「偏差値が足りない分だけ鉄パイプで殴る」娘に医師の道を強制する母の狂気 …工業高校生とのデートに「生意気な!」と激怒

「飛び降りて死んで解放されたい」 

 医学部目指して――母娘の必死の努力の甲斐なく、髙崎あかりのはじめての大学受験は全敗に終わった。 

 浪人1年目、あかりは京都にある大手予備校に通うことになった。予備校選びは母・妙子(仮名)が資料を取り寄せたり新聞の折り込み広告を見たりして情報収集し、それをあかりに見せて意見を求めたが、そうしたやりとりも、あかりには形式的なものにしか思えなかった。 

〈内心「嫌だ、通いたくない」と思いながらも「医学科合格のために行かせて下さい」と懇願するしか選択肢はない。母は「娘が、通うと意思決定した」と捉え、私は「母に、通うと意思決定された」と恨む。 

 私が予備校をサボっていたことに気付くと、母は「お前が行かせてくれと頼んだのに!」と激怒し、通わないように命じる。私は「そっちが頼むように仕向けたんじゃん」と不貞腐れる。鋭い母はその態度に憤慨し、私は平身低頭する。 

 ずっと受験生活なんてやめたかった。母を寝かしつけて小机の前に座った時の、疲労困憊。朝起きてから夜寝るまで分刻みで変わる母の機嫌を窺い、なだめすかし、機嫌を損ね、厳しい詰問・叱責・罵倒を受ける毎日。かつての同級生は学生だったり就職したりと社会で立派に生きているのに私はできない。恥ずかしい。嫌だ。辛い。やめたい。 

 18~19歳時、予備校の帰りに通る橋の上から、黒い水面を見つめていた。ココから飛び降りて死んで解放されたい。逃げたい。欄干から身を乗り出す。吸い込まれそうだ。怖い。怖い。無理。出来ない。家に帰るの、また? 嫌だ。でも、怖い。無理。情けない。嫌だ〉

 参考書は地元のショッピングセンターにある大型書店で、あかりが母の意に沿うようなものを選び、母が購入した。勉強のときに使っていたのは無印良品の太さ0.38ミリの水性ボールペンで、本体の見た目、書き味、発色、値段の安さが気に入っていた。 

 予備校通いのかたわら、近所のディスカウント酒店の販売員のアルバイトも始めている。アルバイトは、浪人生活中に自治会館の事務員、クリーニング店の受付などを経験した。 

 2006年、二度目の受験はやはり結実しなかったが、あかりの脳裏にあったのは、受験に成功して医学部に行くことより、「母からの自立」のほうだった。そのために、20歳の誕生日が来るのを心待ちにしていたのだ。 

探偵を使って家出を阻止「合格するまで探す」 

 この年6月、あかりは何度目かの家出を計画した。18歳のときの家出では、就職の面接まで受けたものの、先方の社長から問い合わせを受けた母に止められ、家に連れ戻された。「私はあんたを生んだときから、医者にすると決めていたのよ。逆らうんなら慰謝料と、いままでの学費1000万円を払ってね」。母からはそう通告された。20歳を超えれば、自分の意思で家を出て、自分の意思で働くことができるのではないかと思ったのだ。 

 あかりが頼ったのは、高校の国語教師だった。20歳の誕生日を迎える直前、あかりは身の回りの衣類などを段ボール二箱に詰め、「とりあえずこれを預かっておいてください」という手紙をつけて男性教師の自宅に宅配便で送った。石川県・金沢の会社に履歴書を出し、そこで働いて寮に住み込む計画だった。 

 直後、教師のもとにあかりの母から激しい電話がかかってきたという。 

「あの子の日記を見たら、家出をしようとしていることが分かったんです。先生のところに荷物がいっているでしょう。それを送り返してください。あの子は、私の言うことなんてなにも聞かないんです。あの子が横に寝ているのを見ながら、何度この子を殺して自分も自殺しようと思ったか分かりません! 先生、今後いっさい、私どもには関わらないでおいてください」 

 結局、あかり自身が姿を見せることはなかった。母は私立探偵を雇ってあかりに尾行をつけ、先生の家に行く前に、連れ戻したのだ。 

〈20歳になれば、20歳になれば――高校卒業以来、ずっとそう思いつづけ、そのときが来るのを待っていたが、20歳になっても、自立は叶わなかった。 

 20歳になって、親の許可がなくても就職できるのでは、と再び家出をした。母は探偵を使って私を捜し出した。面接を受けた会社の内定は取り消され、連れ戻された。 

 悔しくて情けなくて堪えられずに地面を叩いて「私、もうハタチだよ!?」と叫んだ。母は静かに、愚図る幼子を宥めるように「そうだね。でも、もう、諦めて、勉強しなさい。あかちゃんはそうするしかないの。また逃げてもいいよ。でも、お母さんはまた捜すよ。あかちゃんが合格するまで、ずっと。それでもいいの?」 

 夢も希望も失い、自分の人生なんてどうでも良くなった。心に図太さと諦観を備え、母の暴言は一晩寝て忘れ、柳に風であるように努めた。一日一日を無為に食い潰すのみ〉

血文字で「合格します」の反省文 

 家出も果たせず、受験の意欲もなく――難関中の難関、医学部受験が成功するはずもない。 

 浪人生活のはじめの一年間は京都の予備校に通っていたが、その後は自宅での勉強を強いられるようになった。あかりがひそかに思いをつづっていたルーズリーフを母が盗み読み、「真面目に通っているとは思えない!」と激しく怒ったからだ。そこには、「(家を出て)阪大に通いたい」「(予備校の帰りに)京都で映画を見た」とあかりの本音が書かれていた。 

 とくにつらかったのは、模試や受験会場で一緒になる学生が自分よりずっと年下だということだ。 

 出願前には出身高校に「調査書」を発行するように依頼し、それを願書につけて提出する必要があるが、母は毎年、あかりに調査書を自ら受け取りに行くように強いた。母があかりを車に乗せて高校まで行き、あかりが職員室に顔を出して調査書を受け取るのだが、現役の高校生たちのキラキラした姿がまぶしく、あかりには毎回、苦痛で仕方がない行事だった。それを毎年毎年、9回にわたって続けたのだ。 

 いつごろのことかはっきりした記憶は残っていないが、母から血文字の反省文を書くよう強要されたこともあった。 

「ちゃんと勉強して、合格しますと書きなさい!」 

 指先に縫い針を刺して血の珠を出し、自分の血で言われた文字を書こうとするが、痛さと怖さで針を深く刺すことができず、文字を書くのに十分な血を出すことができなかった。 

「もういい。根性なしめが」 

 母がそう言って、「血文字の反省文」はようやく免除されたが、そのときの母の蔑むような目をあかりはいまも忘れることができない。 

 成人後もあかりはほとんど酒を口にすることはなかったが、あるときバイト先の食事会で軽く飲んで帰ると、母の猛烈な怒りを招いた。 

「臭い!この酒飲みが!家に入るな!」 

 その日は結局、家に入れてもらえず、庭で夜を明かすことになった。 

 母は、酒が大嫌いだった。叔母夫妻のもとで育てられた10代のころに、酒に酔った叔父と叔母が毎晩のように口論するのを聞かされ、酒の匂いさえ受け付けなくなった。父も母に気を遣って、同居しているときもほとんど酒は飲まなかった。あかりが酒の匂いをさせて帰ってきたのに気づいた母は、怒りを爆発させた。この一件以降、あかりは飲み会に参加してもけっして酒を口にしなくなった。 

 あかりは9年もの浪人を経験したが、そのうち4回はセンター試験の自己採点や模擬試験の判定が思わしくなく二次試験の受験そのものを見送っている。 

 どの大学を受験するか、それとも二次試験の受験自体を見送るか、それを決めるのはいつも母だった。 

 いつ終わるともしれない浪人生活で、あかりのなかで母に対する思いが沈殿していった。 

〈自殺か事故で死んでくれたらいのに。私、笑っちゃうと思う。だって、私の不幸の根源が消えてくれるんだもん〉 

〈私はお前が死んだ後の人生を生きる〉

齊藤彩著「母という呪縛 娘という牢獄」(講談社)

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