23区なのにコーナンで「土のう」が買える街・清澄白河。お高くとまった中央区に圧倒的勝利…ここはコーヒーの街なんかじゃない、東京でも稀な「まともに暮らせる街」
「住みたい街」と評される人気のエリアにも、掘り起こしてみれば暗い歴史が転がっているものだ。そんな、言わなくてもいいことをあえて言ってみるという性格の悪い連載「住みたい街の真実」。
書き手を務めるのは『これでいいのか地域批評シリーズ』(マイクロマガジン社)で人気を博すルポライターの昼間たかし氏。第21回は、ここ数年でなんだかお洒落タウン化している清澄白河を歩く。
目次
スノッブたちの餌食にされた「東京のマンハッタン」
地下鉄東西線門前仲町駅から北へ。大江戸線清澄白河駅を中心とするエリアは、日本におけるニューヨークのマンハッタンに位置づけられる街である。「いや、どこがだよ?」と思うだろうけど、そういうことになっている。
1986年に放送された『男女7人夏物語』では、明石家さんま演じる良介のマンション(中央区日本橋中洲)と、大竹しのぶ演じる桃子のマンション(江東区清澄)は清洲橋を挟んだ両側に位置しているという設定。脚本家の鎌田敏夫は隅田川をニューヨークのマンハッタンやハドソン川に見立てて、物語を描いたのである。
「はあ、なるほど〜」と川沿いを歩いてみても、どこにもニューヨークとかマンハッタンな風景はない。見えるのは散歩する老人や子供連れ、近隣の工場から荷物を積み込んで走って行くトラック。そして作業着姿の労働者のみなさん……。ここをニューヨークに見立てようとした鎌田は脚本家としては天才、いやとんでもない妄想力の持ち主である。

1990年代までの日本人の敗戦という蹉跌(さてつ)による愛憎こもったアメリカへの憧れは天王洲アイルがニューヨークを目指して建設されたことからも感じるもの。そんな政治性が脱臭されてからも、清澄白河はなぜか小洒落たスノッブたちの餌食にされてきた。
近年では、やたらと小賢しいコーヒーショップの増加であろう。2015年にブルーボトルコーヒーが日本初上陸の地として選んだのが、この清澄白河だった。
よそ者が勝手につくり上げた「コーヒーの街」の正体
なぜ清澄白河だったのか。ブルーボトル側の説明によれば、「倉庫や工場が多く、サンフランシスコのミッション地区に雰囲気が似ている」からだという。ミッション地区といえば、もともとはラテン系移民の労働者街が、ITバブルで流入したヒップスターたちに「発見」され、家賃が跳ね上がり、元からの住民が追い出されたことで有名なエリアだ。つまりブルーボトルは、労働者の街を踏み台にしてオシャレを演出するという手法を、サンフランシスコから清澄白河に輸出したわけである。
その目論見は当たった。ブルーボトル清澄白河店には、コーヒー1杯のために長蛇の列ができた。メディアは「東京の新しいコーヒーカルチャーの聖地」と持ち上げ、後追いのサードウェーブ系コーヒーショップが雨後の筍のように開店した。気がつけば清澄白河は「コーヒーの街」というブランドを背負わされていた。
地元の人間が望んだわけでもなく、街の歴史とも何の関係もない。よそ者が勝手に「発見」し、勝手にブランドを貼り付け、勝手に盛り上がって、勝手に去っていく。そんな騒動がコロナ禍の前まで続いた。
結局、コーヒーブームを終わらせたのはコロナだったのか、それとも資本家たちが次の消費ターゲット(蔵前あたり)を見つけて移動しただけなのか。おそらく両方だろう。いずれにせよ、コーヒーが織りなす騒動は今や昔となり、ようやく清澄白河の素顔が見えてきた。