「偏差値が足りない分だけ鉄パイプで殴る」娘に医師の道を強制する母の狂気 …工業高校生とのデートに「生意気な!」と激怒

 母親を殺害、バラバラにして遺棄した髙崎あかり(仮名) 。母は「生まれたときから医師にしようと思っていた」娘が思うように育たないことに腹を立て、執拗な“教育”を繰り返す。ときにはヤカンから熱湯を浴びせられたり、土下座を強要されたりすることもあったという、あかりが過ごした日常とは。 元共同通信社記者の齊藤彩氏が描き出す、母と娘の物語。 全4回中の2回目。 

※本稿は齊藤彩著「母という呪縛 娘という牢獄」(講談社)から抜粋・編集したものです。 

第1回:「どちらかが死ななければ終わらなかった」9浪娘が”異常な干渉や監視”を続けた母を殺害… 母は私を心底憎み、私も母を憎んだ

「人とうまくやれないから医者に」母の呪い 

 高校1年生の夏、髙崎あかり(仮名) は近隣の工業高校の男子生徒と二人で、びわ湖大花火大会に出かけた。毎年8月初旬の夜、琵琶湖畔の浜大津で1万発もの花火が打ち上げられる人気イベントで、関西圏を中心に30万人以上が集まり、高校生や大学生のカップルも多い。 

 あかりにとって胸高鳴る一夜だったが、それが母に知れると、例によって激しい怒りを招いた。デートに行ったことを叱られたのではない。相手が「工業高校生だった」ということが、母・妙子(仮名)の逆鱗に触れた。 

「工業高校のくせに生意気な!」 

 医師を目指す娘と、工業高校の生徒では不釣り合いに思えたらしい。 

 この後、母はさらに奇異な行動に踏み出す。あかりの友だちを騙り、男子生徒にメールで連絡をとったのである。メールのやり取りを繰り返し、生徒が気を許すようになると、「なぜあかりを振ったの?」と問い詰めた。母は、あかりの携帯電話を見て、花火デートのあと、あかりが振られたことを知っていたのだ。 

 友人を騙った母が「あかりが傷ついている」と迫ったことから、この男子生徒は後日、あかりに謝罪メールを送っている。すべては、「工業高校生に振られるのは我慢ならない」というプライドに端を発した母の行動だった。 

 「お医者さんになりたい」――そう言いはじめたのは、娘のあかり自身だった。しかし、医師への道は、髙崎母娘にとって想像以上に高いハードルとなった。 

 中学であかりの成績が低迷していることに苛立った母・妙子は、それまで以上に、娘への要求を強めるようになった。小学生のころから、 

「こんな簡単な問題ができなかったら、お医者さんになんてなれないよ」 

「お医者さんになるためにはまず、附属中に入れなくっちゃ駄目」 

 と言いつづけ、「ハイレベルコース」の教材を買い与えていた母は、定期テストよりも難しい添削問題にあかりが呻吟している間、保護者向けのマニュアルを読み、高校受験のイメージを膨らませていた。あかりを医師にさせるにはどの大学に入れて、そのためにはどこの高校に入れたら良いのか――母は地元の国立医科大学医学部に照準を合わせた。 

「お母さんは誰よりもあかちゃんの性格を分かってる。あかちゃんは誰かの下で働いたり、人と上手くやっていったりできる性格じゃないの。だから人の上に立つような仕事に就かなくちゃいけないの。お医者さんはあかちゃんも知ってるように、誰からも尊敬される仕事でしょ。あかちゃんはそういう仕事じゃないと駄目なの。あかちゃんは誰かにこき使われたり、嫌いな人と仲良くしたりとかしたい?」 

「ううん……」 

「じゃあ人よりも勉強して、良い成績取らなくちゃ」 

「はい」 

「あかちゃんはアメリカのお祖父ちゃんみたいに立派なお医者さんになりたいんでしょう?だからわざわざ私立の中学校に入れてもらったんでしょう?お母さんもあかちゃんがお医者さんになりたいって言うから、頑張るって言うから、アメリカのお祖母ちゃんにお金出してもらったり、ご飯作ったり送り迎えしたりして頑張ってるでしょ」 

「うん」 

 あかりは、「医師を目指すと言い出したのは自分からだった」と証言するが、幼少期から母・妙子にそのように仕向けられた面もあり、実際、母はあかりに対して「生まれたときから医者にしようと思っていた」と口にしている。 

もう引き返せない

 母はさらに、「自宅から通える国公立医学部」という枠をはめた。必然的に第一志望は、国立の滋賀医科大学医学部医学科となる。偏差値は65を優に超える超難関だ。 

 滋賀医大医学科の入試で課されるのは、まずセンター試験(当時)で5教科7科目。国語、英語(外国語)、数学ⅠA、数学ⅡBのほかに、生物、化学、物理のなかから2科目を選択、さらに地歴(地理、日本史、世界史)と公民のなかから1科目を選択し、合計600点満点となる。 

 さらに二次試験で、数学、理科(物理、生物、化学)から2科目、および英語(外国語)が課される。理系科目はもちろん、地理や公民などの文系科目に至るまで、信じがたいほど広い範囲をカバーする勉強量を要求される。 

 一般入試の合格者数は毎年65~80人ときわめて少数で、倍率は6倍前後に及ぶ、文字通りの狭き門だ。 

 小学生の頃から「お医者さん」という言葉を聞いていたので、中学2年生あたりで地元の国立医科大学「医学部」と聞いたところで「ああ、私はそこに行くんだな」としか思わなかった。「お医者さん」という抽象的な表現が「医学部」という具体的な表現に代わったに過ぎなかった。 

 小学生の頃から試験で点数を取る能力を求められていたので、「医学部」という言葉を聞いた時も「ああ、頑張らなくちゃいけないな」と再確認しただけであった。 

 医学部進学のためには極めて高い学力が必要で、中学2年生の時点で「母に怒られたくない」と成績表を改竄するような人間がどうやって身に付けるのか、そもそも強い意志があるのか、ということは理解していなかった。 

 自分が医療に携わるイメージは、小学校5年生時の「ブラック・ジャックのような格好良い外科医」のままであった。母からの示唆は特になかった。 

 中高生の頃はしばしば、外科医に密着したドキュメント番組をテレビで観ていた。「ブラック・ジャック」で描かれている世界が現実の映像になって目と耳に飛び込んできて、胸が高鳴った。「こんな風に手術着を身につけて颯爽とメスを振るえたら、格好良いだろうなあ」と憧れたものである。 

 また、医学部進学を目指して勉強をしているうちに「医師」=「最難関を突破した勝者」という図式が脳裏に刻まれ、受験を最も輝かしく成功させた存在としても憧れた。 

 あかりが医学部を志望したきっかけは実に素朴なものだったが、娘の憧れに母親が憑依し、母娘で引き返せない道を歩み始めることになってしまった。 

  「娘を医学科に合格させたい」という欲求は、いつしか母の思考、行動すべてにびっしりと根を張り、その根は年を追うごとに深化して母本人さえも呪縛するようになる。 

偏差値が”10”足りない娘に「鉄パイプで10回殴打」

 高校3年の秋になると、校内は急速に受験ムードが深まっていく。 

「ダメなら浪人かなあ」 

「へえ。うちは現役じゃないとだめって親がうるさくて」 

 廊下を歩いていると、すれ違いざまにそんな会話をよく耳にするようになった。予備校の模試を何度か受け、合格可能性を探る。あかりの偏差値は58で、学部を選ばなければ十分国公立大に合格を望めるレベルだったが、志望校である滋賀医科大医学部医学科の偏差値は68で、合格可能性は「D」と判定された。 

 不足している偏差値は10。母からは、その分だけ、「罰」が与えられた。帰宅後に成績表を見せ、夕方から夜まで数時間の罵倒、説教の後、刑罰が加えられる。 

「持ってきなさい」 

 やっと終わった。今日は真夜中にならなくて良かった。明日学校行くまでに寝られる。使わなくなった洋箪笥の戸を開くと、直径3㎝、長さ60㎝ほどの鉄パイプが外された状態で立てかけられている。私はそれを手に取り、平静を装いながら母に渡す。 

「68引く58は、10。10発ね」 

「はい」 

「馬鹿が」 

  母に背を向け、四つん這いになり、声を出さないように歯を食いしばる。 

「いーちっ」バシッ 

「にーっ」バシッ 

「さーん」バシッ 

「しー」バシッ 

「ごー」バシッ 

「ろーく」バシッ 

「しーち」バシッ 

「はーち」バシッ 

「くー」バシッ 

「じゅー」バシッ。 

「さっさと着替えて勉強しなさい」 

「ありがとうございました。ごめんなさい」 

〈熱さと痛みと恐怖で涙が出そうになる。頬の内側を噛んで目を見開く。まばたきをしてしまうと涙がこぼれる。涙を見せると母の怒りが再燃してしまう。今夜は眠りたい。 

 制服を脱ぐ。母の目を盗んで全身鏡に背中を映してみる。赤黒かったり青紫だったりの細長い痣が広がっている。やっと前のが消えかかってたのに。 

 脱いだ制服をハンガーにかけようと腕を伸ばすと、背中がずきりと痛む。また何日間か寝返りを打つたびに痛いんだろうな。嫌だな。嫌だなあ……。視界がぼやける〉

 思うような得点を挙げられていなければ、このような罰を受ける。はじめは掃除機のパイプだったが、殴打を繰り返すうちにパイプにヒビが入ってしまい、罰のために使われる棒は洋服ダンスの鉄パイプに替わった。 

 入浴中に、手桶で殴られたこともあった。あかりの左の額には、いまも1.5センチほどの傷が残っているが、これは母に手桶で殴られたことによるものだという。

齊藤彩著「母という呪縛 娘という牢獄」(講談社)

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