「どちらかが死ななければ終わらなかった」9浪娘が”異常な干渉や監視”を続けた母を殺害… 母は私を心底憎み、私も母を憎んだ

 9年にも及ぶ浪人生活の末、看護師としてまさに働きはじめようとしたそのとき、母親を殺してバラバラにした髙崎あかり(仮名)。当初は殺害を認めていなかったあかりだが、高裁では一転して殺害を認めた。あかりはなぜ、母の殺害を決意したのか。元共同通信社記者の齊藤彩氏が描き出す、母と娘の物語。全4回中の1回目。 

※本稿は齊藤彩著「母という呪縛 娘という牢獄」(講談社)から抜粋・編集したものです。 

母と娘のLINE 

 あんたは中高の時と何ら変わっていなかった。反省も心の成長もなく、私や母に対する責任感も持っていない。アンタの頭にあるのは、ただ自分が好きに生きるためなら人を利用して、裏切ることなんて何とも思わず、その場限りの出まかせが幾らでも言えて、バレたら逆切れして、最後は逃げる…… 結局は自分以外の人間の気持ちなんて無視。アンタは、きっと助産師学校には行かないつもり。こうやって私も母も、まんまと騙されて終わり。 

 いや、そもそも医大受験時も、私は別に「看護師になりたい!」と切望していたわけではなく、「ニート生活を終わらせたい!」という思いで頑張っていたので、私が助産師学校に気乗りしないことは、あまり問題ないと思います。今の気持ちとしては、看護師になりたいので、助産師学校を目指したい、ということです。 

「私か母のどちらかが死ななければ終わらなかった」 

 30年以上に及ぶ共同生活のすえ、髙崎あかりは母・妙子(仮名)を殺害した。2018年6月5日、滋賀県警守山警察署は死体遺棄容疑であかりの逮捕に踏み切る。6月21日には死体損壊容疑で追送検し、26日に死体遺棄罪、死体損壊罪で起訴した。 

 あかりはその間に誕生日を迎え、32歳となった。 

 2020年2月、大津地方裁判所で始まった公判では、あかりは死体損壊と遺棄については認めたものの、殺人については無罪を訴えていた。「母は私の目の前で、突然首に包丁をあてて自殺を図った」というのが、あかりの主張である。 

 しかし3月3日に言い渡された判決では、大西直樹裁判長は検察の論告通り、あかりが母・妙子を殺したと認定した。裁判長は被告人否認のままあかりが妙子を殺したことを「常識に照らして疑いを差し挟む余地なく認めることができる」と結論し、懲役15年を申し渡した。 

 ところが2020年11月5日午前、大阪高裁で行われたあかりの控訴審初公判は、異例の展開となった。刑事裁判の控訴審は通常、一審のような冒頭陳述の読み上げもなく、主張は書面で提出し、即日結審することがほとんどである。被告人が出廷する義務はなく、出廷しても認否を述べることもないため、早ければ10分程度で閉廷する。 

 しかしあかりの控訴審では冒頭、弁護人が控訴趣意書を陳述し、これまで否認していた殺人を認めることとなった。すぐさま被告人質問が始まり、あかりは、弁護人に問われる形で母を殺したことを告白した。 

 あかりが提出した陳述書には、犯行に至った動機が切々とつづられている。 

〈浪人生活を送っていたころの私は20代。心に回復力、柔軟性、図太さ、諦観が備わっていた。一晩寝れば大抵は忘れ、柳に風でいられた。夢も希望もなく、自分の人生なんてどうでも良かった。 

 勿論、長年の憤まんは積もっていたので、母の隙を突いて平成26年(2014年)に逃げたのだが。しかし、大学生活を経ての地獄の再来は流せなかった。暴言による傷が治らない。言動の意図をあれこれ考えてしまう。狂った母に負い目はある。でも、だからといって助産師になりたいとは思えない。手術室看護師になるという現実的な希望があり、いずれは大学院に入りたいという夢も抱いていた。自分の人生に執着していた。(中略) 

 母は私を心底憎んでいた。私も母をずっと憎んでいた。「お前みたいな奴、死ねば良いのに」と罵倒されては、「私はお前が死んだ後の人生を生きる」と心の中で呻いていた。ところが、母を寝かしつけて一息ついた静かな夜、虚しくなる。哀しくなる。終わらせたくなる。母が死んで、「もう、憎むことも憎まれることもなくなった」とホッとし、身体の力が抜けた。 

 「娘が看護師として就職することを断固反対し、内定を蹴って助産学校に入るよう母親が強制してくる」という、私ですら理解しきれない苦悩を、父に、祖母に、大学の級友や教職員に、病院関係者に、誰に何を切り出して相談すれば良いのか、まったく思い付かなかった。母とすら信頼関係を築けなかった私は、自分以外誰も信頼出来なかった。 

 浪人時代からそうであった。高校時代の「ドン引きされているのにウケていると思っていた失敗」を大学では、就職に際しては繰り返したくなかった。何より、誰も狂った母をどうもできなかった。いずれ、私か母のどちらかが死ななければ終わらなかったと現在でも確信している〉 

「母の遺体の解体は解剖と同じ」 

 あかりが母を殺そうと思ったのは、9年におよぶ医学部浪人を強制されたからではなかった。その「地獄の時間」を脱し、ようやく自分の足で歩こうとしたとき、またも母の暴言や拘束によって「地獄の再来」となることを心から恐れたのだ。 

 20代のときには耐えられた、受け流すことができた「地獄」も、9年の浪人を経て大学という外の世界を見、30歳を超えたいまとなっては、二度と戻りたくない場所だ。 

 あかりはこの陳述書を、 

 〈いずれ、私か母のどちらかが死ななければ終わらなかったと現在でも確信している〉

 という言葉で締めくくっている。あかり自身には、犯行への迷いはなかった。あえて言えば、後悔もなかった。私か、母のどちらかが死ぬ。それ以外に選択肢はなかったのだ。 

 母の存在は、娘を強く呪縛していた。 

 あかりは、母の死から時間をおいてから遺体を解体した理由を問われ、「母がまた生き返って、私を責めるんじゃないかと思って」と答えている。 

 その点について検察官から再度尋問されると、学生時代に医学科の学生が行っていた解剖実習のあとの「ご献体」を見るときと似たような感覚だった、とも話している。医学生の解剖実習では、提供された遺体=ご献体に対してまず黙祷を捧げ、解剖を行う。あかりは看護学生として、医学生が解剖したあとのご献体を目にする機会があった。母の遺体を解体するとき、ご献体の解剖を思い出していたというのである。 

 弁護人は、一審の精神科医による精神鑑定の結果、あかりが中程度の自閉症スペクトラム障害と診断されており、そのことが状況判断の悪さや、場当たり的な言動に結びついたと説明した(判決では自閉症スペクトラム障害と犯行の因果関係を認めていない)。 

 殺害のあとあかりは、以前から見たかったというドラマ『BG~身辺警護人~』の初回放送の録画を見たと供述している。上川隆也は主演の木村拓哉の上司の警備会社課長役で、その前職は警視庁警護課の警察官という設定だった。 

 2021年1月26日に言い渡された二審判決で、大阪高裁の岩倉広修裁判長は原判決を破棄し、髙崎あかりを懲役10年とした。岩倉裁判長はこの年3月1日付けで、依願退官している。 

 一審では母親を殺害するに至った経緯、事情が不明であったとし、殺害の背景には娘に対する「異常ともいえる干渉や監視があり、その結果、被告人が被害者殺害を思いつめるに至った経緯においては、同情すべき点がある」と述べた。 

 犯行は場当たり的で稚拙な面もあり、起訴後実父の支援があることなども考えると、大津地裁の原判決は重すぎるとして、刑期は大幅に短縮された。母親を殺害するまでに追い詰められた事情を斟酌し、あかりに同情的な判決になったと言える。 

「罪と向き合って、反省して償ってください。これからは自身の判断で進路を決めなくてはいけません。敷かれたレールを走ったのは楽だったこともある。愛情もあったと思います。お父さんの支援もあるとはいえ、大変なこともあると思います。負けずに自分の選んだ道を歩むことで、更生してほしいと思います」 

 岩倉裁判長がそう説諭すると、あかりは小さくお辞儀をした。 

 検察側、弁護側双方が上告せず、懲役10年の判決が確定、あかりは関西の刑務所に収監された。

齊藤彩著「母という呪縛 娘という牢獄」(講談社)

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