母を刺殺してバラバラに解体…9浪を強制された32歳の娘が裁判で突然語りだした「本当のこと」”モンスターを倒した。これで一安心だ”

 長年にわたるストレスから母を殺し、バラバラにして遺棄した髙崎あかり(仮名)。逮捕・起訴後も一貫して母の殺害を否認し続けたあかりだが、地裁での判決後に自白を決意する。絶望と孤独の中で頑なになっていたあかりの心を、一体何が動かしたのか。元共同通信社記者の齊藤彩氏が描き出す、母と娘の物語。 全4回中の4回目。 

※本稿は齊藤彩著「母という呪縛 娘という牢獄」(講談社)から抜粋・編集したものです。 

第1回:「どちらかが死ななければ終わらなかった」9浪娘が”異常な干渉や監視”を続けた母を殺害… 母は私を心底憎み、私も母を憎んだ
第2回:「偏差値が足りない分だけ鉄パイプで殴る」娘に医師の道を強制する母の狂気 …工業高校生とのデートに「生意気な!」と激怒
第3回:血文字の反省文を強要する母「生んだときから医者にすると決めていた。逆らうなら慰謝料と学費1000万ね」…死んで解放されたいと願う娘

母と娘のLINE

2017年12月26日――助産学校の願書提出を前に 

 朝から夜まで責め立てられたり、私の偉そうな物言いが気に食わなければ家を出て行って結構です!お互い裸一貫から生き直す覚悟で! 

 責められてしまうのは、私が悪いので、気に入らないなどということは全くありません。寧ろ、毎日文句を言わせてしまい、申し訳なく思っています。見学が終わりました。今から大阪駅に向かいます。 

 別に帰宅は不要。どうせ遊び回って日頃のうっぷん晴らしてたに違いない。願書の準備もハナからする気もないのに嘘ばっか! 

 いや、願書の準備はさせてもらいます。言われてからするのは不要と言われてしまいましたが、言われてもしないのは、より意地をはっているように思われてしまうといけないので。 

 いまさら何をしようが言おうがどうでもいい。身勝手なあんたから騙し奪われた私の大事な年月や誠意やプライドや夢や希望は何一つ修復されない!死ね! 

 私の机の左側の紫の小物入れに、父へのお小遣いがあるので、18:30頃に新聞受けに入れておいて下さい。今から17:30の新快速で大阪から帰ります。 

 ウザい!死んでくれ! 

 医大で証明書の発行願の申請をしました。今から帰らせていただきたいのですが、お願いします。父から連絡があり、還付金を新聞受けに入れておいたそうです。帰らせていただきたいのですがお願いします。 

 私の人生をめちゃくちゃにしたお前が!頼みごとをするときだけ都合よく母を使うな!私に情けもかけなかったお前なんか凍え死ねばいいい! 

2018年1月19日――助産学校受験、そして不合格 

 入学前から漠然と手術室看護師になりたいと思っていて、いざ内定をもらい希望が現実になろうとしてきて、助産師になる気持ちが薄れてしまったのはあると思います。 

 で? 

 助産学校の合格通知と助産免許が渡せるように頑張らないといけないなと思っています。 

 私がアンタが自分の我を通して満足してるか今の率直なとこを聞きたいの! 

 満足はしていません。不合格であったことを申し訳なく思っています。 

 あんたが身勝手な我を通すたびに私は苦しむ事になる!それでもあんたは我を通す!そして関係がぐちゃぐちゃになる!分かってないのか? 

 分かっています。なので、今度こそ水準に達するほどの努力をしなくてはいけないなと思っています。 

 あんたが我を通して私はまた不幸のどん底に叩き落された!我を通して不幸になる!まだ分からないのか?あんたの“分かってる”って何?相手に分かったと言葉だけで安心させ安心させ結局は裏切る…努力をサボる時間稼ぎじゃん 

「モンスターを倒した」 

 事件は、助産師学校の入学試験に落ちた翌日、1月20日未明に起きた。 

 母・妙子(仮名)はLINEゲームをしながら、娘を激しく叱責していた。警察がのちに母のスマートフォンを調べ、20日午前1時56分にディズニーツムツム、2時6分にLINEバブル2、2時16分にLINEポコポコで遊んでいたことが分かっている。 

 母はひとしきり娘を罵ると、マッサージをするように命じた。娘は、母がマッサージを受けながらいつものように寝入るのを見て、かねて用意していた凶器で、その首筋を刺した。 

 あかりは午前3時42分、ツイッターに「モンスターを倒した。これで一安心だ。」と書き込んだ。あかりにとって、犯行は、母から解放され、母のいない自分の人生を生きるためどうしても必要な手段だった。 

 翌日、あかりはホームセンターで遺体を解体するための工具を買っている。その翌日、髙崎家の玄関のチャイムが鳴った。玄関にいたのは阪上穂波(仮名)。母が行きつけのスーパー銭湯で仲良くなった友人で、片手に袋を下げていた。 

「こんにちは。これ、二人で食べてね。お母さんは元気?」 

「ありがとうございます。いまは留守にしていますよ。母に伝えておきますね」 

「ありがとう。お母さんにもよろしくね」 

 穂波が帰ってしばらくすると、あかりは母のスマートフォンを取り出し、穂波宛にLINEメッセージを打った。 

 〈あかりからビアードパパのシュークリームを頂いたと連絡もらったよ☆有難う♪初めてフォレオに行ったんだね~☆楽しかった?  

 …実は昨日から山口県の岩国に居るんだ。叔母がクモ膜下出血で入院してて、昨日退院したんだけど後遺症が残ってしまってね…。暫く生活をサポートすることになったんよ…。いつ頃帰れるかはわからないんだけど、帰ったら連絡させてもらうからね~♪〉

 母のスマホの暗証番号は知っていたし、メールでの言葉遣いは熟知していた。不審がられることなく、穂波とやりとりを重ねていった。  

「私の心が理解された」否認から自白へ 

 滋賀県警は6月、あかりを逮捕。あかりは否認を続けたまま、大津地裁で懲役15年の判決が言い渡された。その翌日の朝、拘置所に接見に訪れた弁護士に、あかりはこう伝えている。 

「このまま(控訴せずに刑務所へ)行こっかなあ……なんて」 

 もう法廷で、自分の犯罪についてあれこれ言われるのは煩わしかった。真実を語らないまま、刑務所へ行くのがいいように思えた。しかし弁護士は、一審判決には事実認定の方法や量刑などに問題があるとして、控訴するよう勧めた。 

「僕らは君に百パーセント納得して刑務所に行ってもらいたいと思ってるから」 

 という言葉が心に残った。昼食後、新品の寝具一式を携えて面会に来た父は、「無罪になるとは思ってなかった」と、いつもの飄々とした表情で言った。 

「母は包丁を自分の首に当て、自殺しました」と裁判で訴えたあかりの主張は、父にも信じられていなかったのだ。 

 一審の判決後、あかりは何度も何度も判決文を読み返した。 

「被告人は、高校3年時の受験生活を『囚人のような生活』と日記に記すなどし、そのような生活を強いる被害者に対して疎ましい感情を募らせていた」 

「浪人生活の中、自らの進路を選択することもできないまま被害者に支配され、逃げ出すことすらできない状況に、ストレスを溜め込んでいた」 

「被告人は、あくまで助産師になることを押し付けてくる被害者に対し、不満を募らせていた」 

「表面的には被害者の意向に従う旨の返信をするなどしつつも、被害者に対する不満、憎しみを強めていった」 

「被害者に対する殺意を次第に強めていたが、踏ん切りがつかず、実行するには至らなかった」 

 大西裁判長は1時間近くをかけて判決文を読みあげていた。その誠実な口調が、耳に蘇ってきた。母を殺害するまでの私を、ずっと横で見ていたかのようだ――あかりはそう感じていた。 

「お母さんに敷かれたレールを歩みつづけていましたが、これからは自分の人生を歩んで下さい」という裁判長の説諭が深く、温かく胸に染み入り、涙がこぼれそうになった。 

 誰にも理解されないと思っていた自分のしんどさが、裁判員や裁判官に分かってもらえた――嘘をついているのに。 

 それが嬉しくて、ありがたくて心が救われたようだった。 

 もう、嘘をつくのは止めよう。 

 父も弁護士も、本当の私を受け入れてくれるだろう。控訴審できちんと打ち明けて、真相を知ってもらおう。ようやく、迷いはなくなった。 

 控訴審からは、大阪の拘置所に身柄を移され雑居房に入る可能性がある。そうなる前に、落ち着いて書いてしまおう――。 

 あかりは滋賀拘置所の独居房で、殺人を認める陳述書を書きはじめた。母を殺害してから2年間、隠しつづけていた真相をやっと告白することができる。自分しか知らない殺害の態様が裁判官に理解され、信用されるか自信はなかったが、殺害の動機を話せる。恐れよりも、その喜びが勝っていた。

齊藤彩著「母という呪縛 娘という牢獄」(講談社)

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