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竹中平蔵・監「人間としての自由を得るために…」ベーシック・インカムを実現させる3つの戦略

 政府が国民に無条件でお金を支給するベーシック・インカム。ベルギーの政治経済学者フィリップ・ヴァン・パリースらは、ベーシック・インカムが人間の自由のために必要であるとする一方、実現のためには「正面の門から変化を入れるよりも、裏口から入れるためにさまざまな模索をしたほうがよい」とも指摘する。ベーシック・インカムを実現に導くための3つの方法とは――。全4回中の4回目。 

※本稿は フィリップ・ヴァン・パリース、ヤニック・ヴァンデルポルト著、竹中平蔵監訳『ベーシック・インカム〜自由な社会と健全な経済のためのラディカルな提案〜』(クロスメディア・パブリッシング)から抜粋、編集したものです。  

第1回:大量失業の未来…竹中平蔵・監「雀の涙ほどの賃金しかもらえぬ人が劇的に増加する」稼ぐ能力の二極化
第2回:竹中平蔵・監「 生活保護とベーシック・インカムは何が違うのか」…嫌な仕事にNOと言える優しい世界
第3回:竹中平蔵・監「どうやったらベーシック・インカムの財源を確保できるのか」少額なら”全住民が貨幣を引き出せる”

個人単位をあきらめる 

 所得税の限界税率が急激に増えてしまうという影響に対する恐怖を引き起こさずに、生産年齢人口全体を対象とした手厚いベーシック・インカムへと慎重に移行するにはどうしたらよいのだろうか?  

 それは3つの戦略によって対処できる。妥協して、個人単位をあきらめること、普遍性をあきらめること、手厚さをあきらめること、である。 

 1つ目の方法は、現存の資力調査つきの給付金制度からスタートする際に最適だと考えられる。資力調査つきの制度が持つ「罠(わな)」の影響を認識した結果、いくつかの国では改革が行われ、稼ぎが増えても給付金が減らずに、給付金と稼ぎを組み合わせられるようになったのだ。 

 たとえば、2009年に行われたフランスの最低所得制度の改革だ。1988年に作られたRMI(社会参入最低所得手当)がRSA(積極的連帯所得手当)に変わったが、後者では限界実効税率が100%から38%に下げられた。 

 そのことによって、フランスの最低所得制度がよりシンプルでわかりやすい、全世帯を対象とした負の所得税の方向へと向かうよう、次第に推奨されるようになった。 

 その目的はいくつかの税額控除と(イギリスの最低所得制度である失業手当を含む)所得移転を、低所得者が労働市場へ参入する財政的インセンティブを高めるための、新しい制度に統合することだった。 

 税制と一体になって整備された場合、その新しい制度は、働いている人か就労の意思がある人に限定された、世帯単位の負の所得税制度になる。しかし、労働に対する金銭的なインセンティブがあれば、この条件(監視が押しつけがましく、お金がかかり、効率が悪いことも多い、就労の意思があるかどうかという条件)は間違いなく緩和されるだろう。 

 すべての世帯に対する先払いの給付にはまだならないだろうが、課税と移転後の分配の構造は、世帯単位のベーシック・インカムの場合と同じになる。対応する単位を個人ではなく世帯にすることで、規模の経済を考慮できるようになる。 

 単身世帯よりも夫婦に給付される普遍的所得の1人あたりの額が低くなり、個人単位のベーシック・インカムよりもかなり低いコストで一定の貧困の緩和を達成できる。 

 そして、既存の最低所得制度は傾向として世帯単位である場合が多いことを考えると、受給者をもっと下の層に落とさないように新しい制度を導入するには、穏やかな税率の増加が必要だ。といっても、対応する単位に世帯を採用するのは明らかに、本物のベーシック・インカムの個人的性質に結びついた簡便さや、ほかの重要な特徴を犠牲にするのだが。 

普遍性をあきらめる 

 そのため、2つ目の方法を検討してみる価値はある。ベーシック・インカムや給付つき税額控除(負の所得税の場合)の個人単位という性質には固執する一方で、この個人的な給付に対する回収率がとても高くなることは認めるのだ。 

 つまり、逆進的な税の仕組みを採用するのである。ジェイムズ・ミードの『Agathotopia(アガソトピア)』で提案された方法がその一例だ。全体の所得が低い層に対し「税の上乗せ」を行うのである。 

 この根底にある考え方は、逆説的だが、豊かな人や、少なくとも貧困の度合いが低い人よりも、貧しい人に高い税金をかけたほうがよい、というものである。より正確に言うなら、最低所得の水準を持続可能な形でできるだけ高くしたいのなら、稼ぎの分布が最も低い層に最も税金がかかるという、逆進的な税の構造にならなければならない。 

 その根拠はとても単純だ。持続可能な方法で多額の税金を徴収したいなら、分布の密度が高い(すべての納税者の所得の一部がその層に含まれる)限界利益がほとんどないような所得層に、高い税率で課税するのが一番よいからだ。 

 税率が一定の場合の構造に比べると、この逆進的な構造は、自動的な課税を、そもそも難しくするという弱点がある。個人単位の課税を仮定すると、世帯の内部で労働をシェアしようという気も失われる。 

 というのも、所得が低い層がその上の層よりも多く課税されるとなると、1人の人に労働を集中させるほうが経済的だからだ。それにとりわけ、低所得者の多くの人をあからさまに厳しい税の取り立てにさらすことになる。明確に非常に逆進的な所得税がずっと続くというのは、この2つ目の方法の深刻なハンデである。 

手厚さをあきらめる 

 3つ目は筆者たちが好む方法である。個人単位のベーシック・インカムの簡明さを保ち、魅力的ではない逆進課税を避けるが、さしあたり、いわゆる部分的なベーシック・インカムで妥協するのだ。つまり、1人で暮らしている場合、生存のためには十分だと言えない額を給付するのである。 

 条件つきの最低所得制度がすでにある状況で部分的ベーシック・インカムが導入される場合には、1人あたりの受給額を夫婦の受給額の半分に設定し、大人1人世帯の受給者全員が不利益を被らないように、必要なときには上乗せできる条件つきの公的扶助を維持することも可能だ。 

フィリップ・ヴァン・パリース、ヤニック・ヴァンデルポルト著、竹中平蔵監訳『ベーシック・インカム〜自由な社会と健全な経済のためのラディカルな提案〜』(クロスメディア・パブリッシング)

 今すぐに実施されるとしたら、そのような部分的ベーシック・インカムは「フル」バージョンと比べて2つの主な利点がある。 

 第一に、すでに述べたようなジレンマを防ぐか、かなり和らげることができる。低所得者に高い回収率を設定して深刻な貧困の罠を招くことと、幅広い層にかかる限界税率が急激に上がって労働市場にほとんど予測不可能な影響を与えることのジレンマだ。 

 第二に、所得の分配における突然の混乱を避けられる。厳密に個人的な性質を考えると、「フル」のベーシック・インカムを導入してその財源を確保すれば、不可避的に、同居している大人の世帯を豊かにする代わりに、大人1人の世帯の財政状況を悪化させてしまう。 

 これらの2つの利点は、1つの欠点とセットだ。一部の貧困世帯の状況を著しく悪化させないためには、条件つきの公的扶助という形で、部分的ベーシック・インカムを実質的に補完する制度を維持する必要がある。ベーシック・インカムに上乗せする給付金を求める人たちについては、依然としてさまざまな条件が満たされ、審査されなければならないだろう。 

 だが、そのために必要なことははるかに少なくなるはずだ。加えて重要なのは、部分的ベーシック・インカムの水準を、福祉制度を大幅に簡略化できるくらいに高くすることだけではない。 

 もっと重要なのは、人を自由にする効果を十分にもたらせる水準であることだ。特定の職業を受け入れたり拒否したりできる実質的自由を大幅に増やすためには、無条件ベーシック・インカムの水準は必ずしも一生まともな暮らしができる額でなくともよい。 

 都市部に暮らす単身者となればなおさらだ。そのような額に全然届かなくても、給料が低かったり不安定だったりする仕事を受け入れたり、労働時間を減らしたり、スキル開発や教育を受けたり、よりよい仕事を探すのに時間を使ったりすることは可能になる。 

 そしてこれらは、多くの人の場合、貯蓄や共有、ローン、非公式な連帯によって、さらに促進される。それを考えると、ベーシック・インカムの支持者は、どのくらいの水準ならば完全に十分なベーシック・インカムと言えるのかという問題で時間をむだにしてはいけない。 

 いかに綿密に定義されていたとしても、「フル」バージョンのベーシック・インカムに一足飛びに行こうとするのは、絶対に無責任だ。見込まれる結果について幅広い合意が得られるような次の一手と、地平線の彼方の富が流通するユートピア、あるいは究極的なゴールとして最も意味を持つベーシック・インカムの水準との間には、差がある。 

 この究極的なゴールを定量的に明確化するよりも、部分的ベーシック・インカムを導入する際、何を廃止し何を残すかという問題のほうが短期的にもっと重要だ。その財源確保の方法や、改革のパッケージに含まれているほかの措置にもよるが、低い水準のベーシック・インカムは、最も貧しい人の状況を顕著に改善できる。高い水準を一度に導入した場合では、その状況は悪化することもありうるのだ。 

 多くの場所では、部分的ベーシック・インカムすら、次のステップとしては実現可能ではないだろう。そこへ向かう立派な前進としては、ほかの多くの動きも歓迎される。 

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