年収500万円の人へ──転職で700万円を狙うには?6度の「ゆる転職」で1700万円まで上げたビジネスパーソンが明かす“年収が上がる会社の条件”
「年収を上げるためには、圧倒的なスキルや血の滲むような努力が必要だ」――そんな常識を軽やかに覆し、戦略的な転職を繰り返すことで年収270万円から1700万円へと驚異的なステップアップを遂げた人物がいる。Xで転職やキャリアについて発信する「外資系うさぎのちょこさん」氏だ。同氏は、自分の能力以上に「どの椅子に座るか」がキャリアを決定づけると語る。
本稿では、地方の中小企業での過酷な労働から抜け出し、コンサルや外資系ITベンダーを経て独立に至るまでの全7回のキャリアチェンジを通じた「ギャンブルにしない転職」の極意を同氏が徹底解説。日頃からの情報収集「ゆるサーチ」から、市場価値の把握、面接での立ち回りまで、未経験からでも高年収を目指すためのロードマップを余すところなく語っていただいた。全3回の第1回。
地方ブラックIT企業、年収270万円からのスタート
はじめまして、Xで転職・キャリアについて発信している「外資系うさぎのちょこさん」と申します。私は2024年にコンサル会社を立ち上げ、現在は経営者として活動していますが、ここに至るまでには実に7回(転職6回、起業1回)のキャリアチェンジを経験してきました。キャリアの変遷としては、地方のSIerから始まり、外資系金融のバックオフィス、大手監査法人、大手コンサル、外資系ITベンダー、再び大手コンサル、スタートアップのコンサル会社を経て、現在の独立に至ります。
社会人としてのキャリアのスタートは、地方の中小企業でした。職種は大手からの二次請け開発などを手がける、いわゆる絵に描いたようなプログラムの設計、開発、テストをひたすら行うSEです。IT業界の常かもしれませんが、プロジェクトは常に炎上気味で、地方特有の「みんな車通勤だから終電という概念がない」という事情も重なり、毎日日付が変わるまで仕事をするような過酷な日々でした。
当時の年収は270万円ほどです。リーマンショックの直後というタイミングもあり、仕事はじわじわと減っていき、ボーナスカットや昇給凍結など、お給料は減っていく一方でした。さらに決定打となったのは、会社のコンプライアンス上、看過できない実態を目の当たりにしてしまったことです。「さすがにここに居てはまずいのではないか」と感じ、外部に相談もしてみたのですが、当時は状況が大きく好転する気配もなく、自らの力で環境を変えるしかないと覚悟を決めたのです。
「自分の能力が低いから年収が低い」は本当か
また、転職を真剣に考えるようになったもう一つの大きな理由は、社内の上司の給料を知ってしまったことでした。あと20年、この過酷な環境で働き続けても、もらえる金額はこれっぽっちなのかと、絶望に近い感情を抱きました。転職活動を始めて、世の中の年齢別の給与データなどを調べていくと、「あれ、世の中の人ってこんなにもらっているの?」と衝撃を受けました。
私の能力が足りないから給料が低いのではなく、単純に利益率の低い地方の企業という「安い椅子」に座っている限り、給料が大幅に上がることは構造的に難しいのではないかと気づき、東京の企業も視野に入れた転職活動を検討し始めました。
在職中は、自分の給料が世の中の相場からどれだけズレているか、意外と知る機会がありません。同じ職場にいる限り、上司や同僚の給料が「基準値」になってしまうからです。だからこそ、年に1〜2回でいいので、自分と同じ年齢・職種の給与データを検索してみることをおすすめしたいです。それだけで、「自分は今、安い椅子に座らされていないか」を客観視するきっかけになります。
当時はリモート面接などなく、地方から東京の面接会場まで新幹線でお金と時間をかけて通っていました。転職エージェントからの応募と自分で求人を探して応募するのを並行して進め、最終的に決まったのは自分で探して応募した求人でした。