3億円投資家ママはなぜ外資製薬会社でトップセールスになり、資産3億円を築けたのか。ちょる子氏が信じるたった1つの「成功哲学」

育児をしながら億り人を達成し、現在の総資産額は3億円。平成生まれの兼業投資家であり、2児の母でもあるちょる子氏。最近、メディアにも引っ張りだこの彼女は、いかにして現在の富を築き上げたのか。
本稿では、普通のOLから外資系企業のトップセールス、そして総資産3億円の投資家へと駆け上がったちょる子氏が、富裕層へ到達するための「再現性の高いルート」や「お金持ちの共通点」を徹底解説。圧倒的な成果を出すための仕事術から、人間関係を構築するマインドセットまで、自分の強みを最大限に活かして上位1%を目指すためのロードマップを余すところなく語っていただいた。短期連載全2回の第1回。
みんかぶプレミアム特集「超富裕層のお金がお金を生む思考法」第1回。
目次
資産3億円ママ投資家の原動力は「親を超えたい」「自立したい」という強い思いだった
いまでこそ投資家として資産3億円を築いた私ですが、もともとお金持ちになりたいという明確なビジョンがあった、億り人にどうしてもなりたかった、というわけではありません。
ただ、「自分で稼ぎたい」「親を超えたい」という思いは根底にありました。
私の家系は親族がみな経営者で、父は従業員100人規模の製造業の社長、母もバリバリ働く一人経営者で、常に決算に追われながら3つの会社を経営していました。
そんな環境で育ち、高校生くらいから漠然と親の収入を超えたいという思い出てきて、社会人になってからその気持ちがより強くなりました。
私は一人っ子なのですが、両親が共働きで社長をやっている分、それを超えないと労働生産性的にはマイナスになってしまうと考えていたんです。
私は中高一貫の女子校出身なのですが、周りには「専業主婦になりたい」という子も多くいました。でも、私は男性に生殺与奪の権を委ねるのは絶対に嫌だったんです。薬学部を出ていたこともあり、男の人に頼らなくても自分で稼げる、自立した女性を目指していました。母も、専業主婦になった友人たちが旦那さんの給料に文句を言っているのを見て、「だったら、自分で稼げばいいじゃん」と言い放つような人で、私も心からそう思いました。
私の祖母も、どこかで大地震があったらポンと20万円を寄付するような人で、家の応接室には日本赤十字社や母校からの感謝状がたくさん飾られていました。それが純粋にかっこいいなと思い、自分もそういう人でいたいという気持ちが育くまれていきました。
どん底から這い上がった外資系製薬会社のトップセールス時代
私は大学の薬学部を卒業したのですが、薬学部を出るとほとんどの人は病院やドラッグストアに就職します。でも私は、当時付き合っていた彼氏が「給与が良いからMRになりたい」と言っていたことに影響されて、一緒に外資系製薬会社の会社説明会に行きました。そこで「新しい医療の価値観を作る」という言葉を聞いて、「これだ」と思い、選考を受けて無事合格しました。そこでまず、営業部に配属されたんです。
入社までは順風満帆だったのですが、入社してから最初の3年間は全然ダメダメな営業マンでした。元々やりたかった領域の配属ではなかったためモチベーションも上がらず、「なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ」と親に愚痴をこぼしたこともあります。