月収100万円を稼ぐインフルエンサーが語る、自分の悩みを稼げるnote記事にアウトプットするためのAI活用術…大手コンサルをわずか1年半で見切りをつけた“決定的理由”
先行き不透明な経済状況や働き方の多様化が進む中、「一つの会社に依存し続けるリスク」に気づき、自らの手で新たな収入源を切り拓こうとする人が急増している。そんな状況下で、新卒で入社した大手コンサルをわずか1年半で退職したのち、自身の特性とも言える「ADHD」を武器に変え、個人で月収約100万円を稼ぎ出す若者がいる。
メンバーシップ1,500名以上のnote「ADHDの生存戦略」を運営するクリエイターのあわわ氏(@awawa_adhd)だ。同氏は、過酷な労働環境で心を病んだ経験すらも糧にし、独自の思考法で人生の主導権を取り戻したと語る。
本稿では、休職から一転、独自の「生存戦略」と異常なまでの熱量で独自のビジネスモデルを築き上げた同氏に密着。 心を病んだ会社員時代から、AIを活用した自己分析、そして圧倒的な集客力を生み出すSNS運用の極意まで、凡人がスモールビジネスの世界で生き残るためのロードマップを余すところなく語っていただいた 。全5回の第1回。
みんかぶプレミアム連載「副業・スモビジで億り人に 令和の稼ぎ方新常識」
目次
順風満帆なエリート社員が、わずか1年半で会社に見切りをつけた“決定的理由”
私は現在Xとnoteを中心に活動しています。私自身が当事者であるADHDの方々に向けた「生存戦略」や、生活に役立つノウハウの発信、そしてADHDの方がより良い生活を送るための専用アプリの開発などが主な事業です。
元々は14年間マイナースポーツの体育会系で揉まれ、全国大会での優勝経験もあります。大学卒業後は大手のコンサルティング会社に就職しました。周りから見ればエリート街道を歩んでいるように見えたかもしれませんが、自分の中ではギャンブルのように生きてきた結果、たまたま上手くいっていただけという感覚でした。
実際、大学も一般受験ではなく推薦でしたし、進学校に進まなかったり部活を辞めてみたりと、人と違う選択をしてきた結果の今です。
しかし、その会社はわずか1年半で退職することになります。最大の理由は、「このままこの道を進んでも、自分が幸せになる可能性がほぼない」と悟ったからです。
当時、私は激務の中でうつ病と適応障害を発症していました。有給を使って1週間ほど休み、プロジェクトから離れさせてもらったものの、環境を変えても症状がぶり返してしまうような状態でした。
コンサルタントという仕事柄、働く相手やプロジェクトを自分では選べません。激務な環境や厳しい人に当たる「ガチャ」を引き続ける限り、精神疾患を再発させない可能性はほぼないと感じたのです。
また、私自身の特性として「自由」を何よりも大切にしており、少しでも縛られると人一倍強いストレスを感じてしまいます。月曜から金曜まで特定の行動を強いられ、成果を出しても出さなくても保証される代わりに制限がある環境は、私には全く合っていませんでした。
上手くいった時の報酬は全て自分で受け取りたいし、サボったツケは全て自分で払いたい。そんな独立志向の強い性格も、退職を後押ししました。
休職するだけでは「元の地獄」に戻るだけ。限界を感じる人が真っ先に行うべき“構造改革”
うつ病に関しては、いわゆる「脳筋」な体育会系で育ってきた背景もあり、「仕事でバリバリやっていくと言っていたのに病んでしまった」と、少し後ろめたさや恥ずかしさを感じていました。周りにも言いづらかったですね。
しかし、ADHDと診断された時は、マイナスなイメージや後ろめたさは全くありませんでした。むしろ「あ、そうなんだ」と腑に落ちた感覚です。今の状況を改善するために自分の特性が理由になっているならそれを確かめたいと思い、コンサータなどの薬を服用できるかどうかを確認するための「必要なステップ」という認識でした。
もし今、会社員としてメンタルに限界を感じている人がいるなら、一番に伝えたいのは「とにかく休むこと」です。命に関わる状況で働く意味はありません。自分の体や命を第一に考え、限界なら迷わず休んでください。
ただし、ただ休むだけでは根本的な解決にはなりません。休んで状況が改善するなら良いですが、休んだからといって今抱えている問題が消滅するわけではないのです。
大事なのは、休んだ後に「構造をどう変えれば問題が消滅するのか」をしっかり考えることです。転職なのか、独立なのか、それとも今の仕事にしがみつくのが一番マシといえるのか。状況を整理し、自分と向き合う時間を持つことが不可欠です。信頼できる第三者を交えて相談するのも一つの手だと思います。