「世界シェア1位」を目指さなくてもいい……日本の成長戦略が掲げる「自律性」と「不可欠性」
政府は7月、AI・半導体、造船、防衛産業、航空・宇宙、コンテンツなど17の戦略分野を掲げた「日本成長戦略」を打ち出した。日本成長戦略会議の構成員でもある東京大学公共政策大学院教授・鈴木一人氏は、今回の戦略は、単に経済成長を目指すのではなく、経済安全保障や危機管理の視点を組み込んでいる点で、これまでの経済戦略とは大きく異なると話す。成長戦略の狙いについて、鈴木氏が解説する。
みんかぶプレミアム連載「鈴木一人 地政学×経済安全保障=地経学」
「経済成長戦略」ではないことが重要
7月、政府は「日本成長戦略」を打ち出しました。まず重要なことは、この戦略は「成長戦略」であって「経済成長戦略」ではない、ということです。これが今回の成長戦略の大きな柱です。
経済が武器化される地経学の時代に、「経済を成長させよう」とするだけの戦略では不十分です。日本がどのような力を持ち、どう対応し、最終的に国家全体としてどう成長していくかを考えなければならないのです。
そのため、「成長投資」のほかに、「危機管理投資」の考え方を明記しました。危機管理投資とは、経済安保や防災などのリスクに備える戦略的投資を指します。そして成長戦略の冒頭に、「自律性」と「不可欠性」の二つの論点を掲げています。
この二つはこの連載でも解説してきましたが、改めて触れておきましょう。「自律性」とは、他国から圧力を受けても、日本の経済や社会を維持できる能力を高めること。「不可欠性」は、他国にとって「日本が必要だ」という状態をつくることです。
危機管理は、基本的に儲かるものではありません。経済効率性だけを追求するのであれば、日本でつくられたものかを問わず、世界の中で最も安いものを買うほうが合理的です。
しかし、それによって特定国への依存度が高まれば、その国の思惑によって左右されるというリスクが生まれます。
そこで、経済効率性だけではなく、一定のコストを払ってでも、重要な物資や技術について自立性やレジリエンスを確保するという考え方が必要になってきたのです。今回の会議のメンバー間でも、当初からそうした問題意識が共有されていたように思います。
世界シェア1位にならなくても「不可欠」になれる
今回選ばれた17の戦略分野は、基本的に「自律性」「不可欠性」の視点から考える必要があります。
まず不可欠性ですが、「不可欠性を高める」ということは、必ずしも「日本が世界シェア1位を取る」こととイコールではありません。さらに言えば、この17分野すべてで日本がトップシェアを狙っていくことは現実的ではないでしょう。
分かりやすいのが造船です。現在、世界の造船市場のトップ3を中国・韓国・日本が占めていますが、中国が約5割と圧倒的で、その次に韓国が続き、日本のシェアは1割程度とそれほど大きいわけではありません。
しかし、日米関係という文脈で見れば、景色は変わります。アメリカではいま、造船能力が大きく衰退しています。そのアメリカが中国に対抗しようとすれば、日本の造船能力が重要な意味を持つのです。
つまり、日本が世界の造船市場を支配しなくても、アメリカにとって「日本の造船能力が必要だ」という状態をつくることはできる。これは、不可欠性を持っている状態と言えます。
不可欠性とは、必ずしもグローバルなシェアだけで測れるものではありません。国際社会のそれぞれの関係の中で、「特定の国にとって日本がどれだけ重要な存在になれるか」も問われるのです。
自律性が問われるのがAI・半導体です。戦略分野の一つに挙げられましたが、これは日本がアメリカや中国と同じような巨大な基盤モデルを一から作り、世界市場で正面から競争すべきだ、という話ではありません。
重要なのは「ソブリンAI」ではなく「AI主権」という視点です。ソブリンAIとは自国独自のAIを開発することを意味しますが、 AI主権とは、特定の企業や特定のAIモデルだけに依存せず、日本側が必要なAIへのアクセスを確保し、自らの判断で使い分けたり、組み合わせたりできる状態を持つことです。
その考え方の一つが「オーケストレーション」です。世の中には、それぞれ強みの異なるさまざまなAIがあります。あるAIは文章生成に強く、別のAIは推論に優れ、また別のAIは特定分野の処理に適している。そうした複数のAIを組み合わせ、目的に応じて最適な形で使うという考え方です。日本では「Sakana Fugu」というシステムがその典型例と言えます。
つまり、日本が唯一無二のAIを持つことよりも、どのAIを使い、どう組み合わせ、どう運用するかを自ら決められること。その自律的なコントロールを確保することが、AI主権の核心となるのです。
他方、AIを動かすにはデータセンター、海底ケーブル、半導体といったハードウェアやインフラが不可欠です。海底ケーブルは日本が世界で3割強のシェアを持っていますし、こうした分野では、日本が不可欠性を確保できる可能性があります。
今回、17分野の62の主要製品・技術について、それぞれ現状、目標、勝ち筋、投資額、定量的なインパクトなどが設定されています。その意味では、何を目指すのかはかなり具体化されています。