中央区佃に住むとはこういうことだ…「祭りがうるさい」とは口が裂けても言えない雰囲気。湾岸タワマン住民が8月の真夏に法被姿で神輿を担ぐ日
「住みたい街」と評される人気のエリアにも、掘り起こしてみれば暗い歴史が転がっているものだ。そんな、言わなくてもいいことをあえて言ってみるという性格の悪い連載「住みたい街の真実」。
書き手を務めるのは『これでいいのか地域批評シリーズ』(マイクロマガジン社)で人気を博すルポライターの昼間たかし氏。第20回は、ほとんど実態が知られていない、だけどちょっと気になる「中央区佃」に迫る。
目次
まさかの、もんじゃの街にガールズバー
今回は、地下鉄有楽町線月島駅を北へ、佃(つくだ)方面へ。
佃方面は、月島とはまったく違う風景が広がっている。月島の実態はもはや住むというよりもテーマパーク。もんじゃストリートを中心として主体は飲み屋。客層はわざわざ地下鉄で訪れるような人々であり、生活のための店というのは極端に減った。こないだ通りがかったら、ガールズバーまでできていた。月島にそんな需要があるのか?
そして、真新しい大型マンションは2つ。もんじゃストリートに面した、グランドシティタワー月島は今年5月に竣工したばかりだ。再開発敷地内にあった店舗も竣工と共にすべて建物の一階部分に配置されるのかと思っていたら、どうも違うらしい。店主の中には再開発を契機に店をやめたり、店は人に貸して自分ではやらないという人もいるという。地元民曰く「結局、残るのはよそから来た商売上手だけだな」とのこと。
もう一棟、清澄通りに面した2028年竣工予定のセントラルガーデン月島ザタワー。通りに面した看板には「湾岸に森を作る」というなんだか得体の知れないマンションポエムが。どうも外構部分の緑化を重視するというコンセプトらしい。そんなタワマンの売主には、三井不動産の名が。神宮外苑の再開発で樹木をバッサバッサと切り倒し、セレブ専用施設づくりに余念のない同社。月島にできるのは新たなるゲットーか?

川を渡ればそこは別世界「中央区佃」
……そんなどうしようもない喧噪も月島駅から北へ、佃島方面へ向かうとガラリと変わる。もちろん、このあたりも変化は激しい。そもそも、月島と佃との間には川が流れていて、夏ともなると子供は平気で泳いでいたなんてことを覚えている人もまだ生きている。それから考えると隔世の感はある。

実際、ここ10年あまりでも佃の変化は激しい。和風のいかにもな銭湯だった旭湯は2016年に廃業し、跡地はコンビニに。江戸っ子を気取る人なら喜びそうな激アツのお湯が印象的だったが、賑わっているわけでもなく時代の必然といったところ。
もう一つ、昭和な雰囲気だった亀印食堂も2024年に閉店。ここ、閉店が決まってから「70年も続いた〜」とか、懐かしみ惜しむ人がSNSやらブログやらに溢れていたが、そこまで感慨深いものかは疑問。なにしろ、接客も味も20世紀末まではよくあった「美味くもないけど、もうここでいいや」で入る系の食堂だったのだ。そこまで触れている人がいないあたり、ここもまた、店に自分を見てほしいというSNS時代の承認欲求系テーマパークだったのか?
都心なのに地方都市の旧市街地のよう
そんな店もなくなった今、佃周辺にはもはや独特の世界が広がっている。このエリアを大きく分けると、日本最初期のタワマン群といえる大川端リバーシティ21と、それ以外である。
まずは月島駅から歩いて到達する、「それ以外」の部分から見ていこう。ライオンズタワー月島というタワマンがあり、周辺にも中層マンションが目立つのだが、それでもエリアの中心はせいぜい2〜3階建ての住宅だ。しかも、かつては住居だったであろう細長い土地が、そのまま細長いマンションに建て替わっていたりする。Googleマップで見れば一目瞭然だが、ライオンズタワー月島の周辺を狭小な建物が埋め尽くし、まるで陣取り合戦の最中のような区画が広がっている。
そんな土地の特徴を一言で言えば、「店が少ない」である。飲食店、クリーニング屋、コンビニといった最低限は揃っているし、スーパーも離れているとはいえ、さほど遠くはない。だから、別に餓死するわけではない。しかし都心でありながら住居が密集し、しかしちょっと不便という特殊仕様の街だ。こうした「都心なのに商店が少ない住宅地」という風景は地方都市の旧市街地でもありふれているが、東京に住んでいても知らない人には想像がつかない。初めて訪れた人間が面食らうのは無理もない。
そしてこの住宅地に溶け込むように目につくのが、個人経営らしきピアノ教室、ギター教室、書道教室の類である。今どき、個人が自宅で教える系の教室がやたらと多い。もはや、下町の風景は消え去ったとはいえ、そのライフスタイルは健在なのか?
