共に歩む――「頑張れるまで頑張って、みんなで」羽生結弦とコスモポリタニズム(1)

目次
羽生結弦の矜持を支えている人たち
羽生結弦を囲む私たち、という「コスモポリタニズム」(宇宙市民主義)。
この存在についての思索の小旅行をはじめようと思う。
羽生結弦がニ年ぶりに石川県輪島を訪れたことーーそれ自体はもう、本当にすばらしい、私たちにとっての「いつもの羽生結弦」である。
もちろん当たり前などではない。当たり前であることは素晴らしいが、羽生結弦がこうした厚志をつらぬくことは当たり前でなく、彼自身の強い想いと利他の精神の賜物である。
そう、当たり前だが、当たり前にしてはいけないのだ。
そんな安易なものではない。
それを羽生結弦と共にある人はよく知っている。私たちも知っている。そうした人たちが、羽生結弦のそうした矜持を支えている。
もう何年も、私はこうした羽生結弦と共にある世界もまた好きだ。
私はかつてそれを「羽生結弦経済圏」と書いた。
〈羽生結弦は出版界でも注目され、多くの書店で上位となっている。写真集、雑誌、グッズーーこれまでも羽生結弦というコンテンツは売れ続けてきたが、アマチュア競技会に出ないプロフィギュアスケーターに転向以降も売れ続けている。競技会に出ないプロフィギュアスケーター、それが出版界をも席巻している。21世紀のフィギュアスケート界においてこれほどの存在はいない。明確にいない〉
与えるのでなく、共に歩む
実際、直近でも『Quadruple Axel 2026 羽生結弦 SPECIAL』などいまも売れに売れている。手に入りづらいほどに。いずれにせよ、アイスショウ同様に羽生結弦という存在は「成功しかない」。
その経済は羽生結弦の活動を潤し、創作の糧となるだけでなく社会全体へと還元される。寄付やチャリティショウといった直接的な行動はもちろん、羽生結弦の一挙手一投足が社会に勇気と希望と夢を与える、いや、与えるのでなく、共に歩む。
のちに大きく引くのでここでの説明は措くが、現代哲学を代表するコスモポリタン(宇宙市民主義者)、クワメ・アンソニー・アッピアはフランスの啓蒙思想家ヴォルテールの言葉を下地にこう述べている。
〈私たちの経済が地球規模で相互に依存し合っていることは明らかである以上、私たちはこの地球を共に分け合っている人々のことを理解する義務がある〉※1