なぜSNSはいつの間にか「誰かを裁く場所」になったのか――作家・金原ひとみが危惧する“正義落ち”の時代(聞き手・吉田豪)
4月から『カンブリア宮殿』の新MCを務めている作家・金原ひとみ氏。最新長編『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』は、文芸界の性加害問題を題材に、被害者、加害者、その周囲の人々の視点から、単純な善悪では割り切れない現実を描いた作品だ。普段は「小説を手に取る機会はほとんどない」というプロインタビュアー・吉田豪氏も、本作には強く惹き込まれたという。SNSでは複雑な出来事ほど単純な善悪へと回収されがちだ。人はなぜ「正義」に酔うのか。なぜ誰かを断罪したくなるのか。吉田氏が『YABUNONAKA』を入り口に、金原氏の創作観と人間観に迫った。
みんかぶプレミアム連載「吉田豪の月イチ気になる話。」
目次
「世の中は白か黒かじゃない」小説で描きたかった複雑な現実
――ボク、普段小説を読む習慣がまったくないんですよ。
金原 あ、そうなんですか!
――本は死ぬほど読んでるんですけど、タレント本とかノンフィクションとかプロレス、格闘技本とかばかりで。でも、金原さんの『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』が興味深いテーマだったので読んでみたら無茶苦茶おもしろかったです。
金原 それはよかったです(笑)。これからはぜひ小説にも手を伸ばしてください。
――文芸の世界の性加害という非常にデリケートなテーマを扱っていながら、バランスが絶妙で見事な作品だと思いました。
金原 ありがとうございます。センシティブなことなので、あらゆる方向に気をつけなきゃいけないなと思いながら、でも何も言わないままでもいられないなっていう時期だったので。自分のなかでもあらゆる人格が「これは間違ってる」「いや、これも間違ってる」「じゃあ何が正しいの」と押し問答をしていたので、すべての人格を目一杯誇張してキャラクターに昇華させ、皆で戦わせました。
――被害者、加害者、家族、同僚と、いろんな人たちの視点で同じ出来事が語られていくんですけど、明らかに間違ってる人の後で正しそうな人が出てきたと思ったら、その人の正しくなさが明らかになって、みたいなことの繰り返しで。
金原 そうなんです。みんな正しくない世界です。
――ボクがここ何年かSNSを見ていて思うのが、世の中を単純化させすぎちゃう問題があるなってことなんですよ。わかりやすい善と悪が世の中に存在するという前提で、その悪に対して本気で怒ってる人が非常に多いんですけど、そんな単純な話ではないはずで。世の中は白か黒かじゃなくて、もっとグラデーションになってると思うんですよね。
金原 そうですね。いま、世の中の見方がどんどんシンプルになっていってるので、そこは心配です。
「声の大きさがすべてを決めてしまう」SNS時代の単純化への危機感
――シンプルなほうが話に乗っかりやすいし、物事を細かく考えた結果、「正義のスタンスで誰かを批判している、そんなあなたにも罪な部分があります」とは言われたくないはずですからね。
金原 そうやって自分自身を省みて、複雑性を認めることでしかわかってあげられない自分の要素ってあるじゃないですか。単純化して考えることで自分自身が生きにくく、息苦しくなってしまうこともあると思うんですよね。グラデーションというのはその通りで、一か百かではなく、全ての人が一と百の間にある。なので、これを読んで立ち止まって考えてみようっていうようなものにしたくて。
――そんなきっかけになると思って、ボクも「とにかく読んでください!」って配信で紹介したんです。実際、単純化することの問題ってあるじゃないですか。わかりやすい善悪の構図を求めた結果として陰謀論にハマるケースもあるし、すごくややこしいトラブルについて単純化せずに話そうとすると「お前は悪の味方か!」って、“絶対的な正義に対して足を引っ張る人”みたいな判断をされて怒られちゃうケースもあって。
金原 もっといろんな事情とか、背景とか行間みたいなものがあってのことなんですよね。
――それなのに、なぜそこを単純化して大きな声で叫ぶ人ばかりが注目されちゃうのはどうなのかなっていう。
金原 そうですよね、声の大きさがすべてを決めてしまうような風潮は、恐ろしいと思います。インターネットが浸透しSNSが広まったことで、声の小さい人の声も拾えるようになっていくだろうと思ったら、そこでも声の大きい人が大声で叫んでいる。絶望しますよね。
人を理解しようとすると、善悪の境界線は曖昧になっていく
――金原さんは立場によって見え方が違う、みたいなことをすごく考えてらっしゃる人だと思うんですよ。何がきっかけでそうなったんですか?
金原 自分が嫌いだなと思う人とか、こういう人は受け入れられないって思う人を単純に叩くだけでは意味がないなと思って。そういうときに、何を考えてこういうことしてるんだろうって、嫌いな人自身の視点から小説を書いてみたりするようになったんですね。初期の作品はもっと怒りとかをストレートに吐き出してたんですけど、だんだん敵側の言い分みたいなものにも興味を持つようになって。向こうから自分はどう見えてるんだろうとか、そういう俯瞰の視点を取り入れるようになりました。
――作品に「嫌いな人を出すようにし始めた」って言ってましたね。
金原 はい。どうしても受け入られない人とか、それまでだったら「こういうヤツ嫌い!」って切り捨ててた人をキャラクターとして活かしていくと、「もしかしたらこういう思いだったのかもしれない」「こういう背景があったのかもしれない」「こんな事情があってこういう家族構成かも」とか考えていくうちに共感できるところもなくはないのかもと思い始めていくんですよね。性加害の問題ってみんなに言い分があって、でもその言い分を全部聞いても全貌は見えてこないというか、より混沌としていくじゃないですか。だからこそ、一人称多視点でそれぞれの声で語らせるっていうのが一番適していると思ったんです。
――あえて混沌とさせる。
金原 混沌とさせて何も解決しないけど、自分のいる場所とか自分が敵だと思ってる人の場所とか、それぞれの位置関係が見えてくるような、マップみたいなものにしたかったんです。
――そこが無茶苦茶リアルで、現実はこういうことなんだろうなって思わされました。何か事件とかあると、どうしても犯人を悪魔化しちゃいがちじゃないですか。得体の知れない、人ならざる人みたいに思ってそこでつい思考停止しちゃうけど、調べてみると、その人が不可解な行動をする理由みたいなものがだんだん見えてきて、当たり前だけど人なんだなって気付いたりもするんですよね。
金原 そうですね。それこそ性加害は一元的に見てはいけない犯罪だと思うので、できるだけいろんな視点を入れ込んで、いろんな意見と考え方を持ち出していこうと思いました。