「怖いとも思っていなかった」お金がなくても踏み出せた、女性社長・金井芽衣の起業の理由
個人のキャリア支援サービス「POSIWILL CAREER」を運営するポジウィル株式会社。代表取締役の金井芽衣氏がリクルートエージェントを辞めて起業したのは、手元にお金の余裕もほとんどない26歳のときだった。それでも本人は、恐怖をほとんど感じなかったという。何が、その一歩を後押ししたのか。全3回の第1回。
みんかぶプレミアム連載「バリキャリ女性社長のワークライフ・ルール」
「自分は不幸」が消えた日。キャリア支援を志した原体験
金井氏の実家は起業家一族で、群馬・栃木の県境で300人規模の会社を営んでいた。何を欲しがっても買ってもらえる、そんな恵まれた環境だったという。6歳のときに両親が離婚した。物心ついた5、6歳の頃にはすでに、両親が何をめぐって言い争っているのか、家の中で何が起きているのかを、子どもながらに察していたという。そうした経験の積み重ねが、周囲に気を配り、空気を読む性格を形づくっていったのかもしれない。
身近に経営者はいたものの、社長業への憧れはなかった金井氏の関心を、起業よりも先に引いたのは、人のキャリアそのものだった。短大時代、養護施設を訪れる機会があったという。
「私自身も親が離婚したりして、割と不幸な人生だなと自分のことを思っていたんです。でも、そもそも家もなければ食べるものもなく、服をめくると傷だらけの子どもたちと一緒に暮らしたことがあって。自分より辛い思いをしている人が、実際に日本にいるのだと突きつけられました。何もできない自分と向き合って、何かできる人になりたいと思ったんです」
こうして法政大学のキャリアデザイン学部へ編入。卒業後はリクルートに入社し、法人営業として人材紹介の仕事に就いた。社会人としてのスタートは順調ではなかったと金井氏は明かす。
「学生時代は学級委員や部活の部長、生徒会もずっとやってきましたし、大学の編入も自分で決めた大学に入りましたし、志望校に落ちたこともなかった。だから、自分で決めたことはちゃんとやってきたと思っていたんです」
しかし営業の現場では、その自信があっさり崩れた。
「最初の1年半くらいは、思うように結果が出ませんでした。周りの先輩たちが優秀な人ばかりだったこともあって、自分には何もできないんじゃないかと感じた時期でしたね」