元ジュノンボーイ・30代年収240万円男性が語る『舞台俳優』の年収事情。月8万円の出演料と、年数回の『電気・ガス停止』に見る残酷なリアル
「華やかな芸能界、誰もが一度は憧れる『スター』への階段」——。しかし、その舞台裏で、多くの表現者たちが直面しているのは、想像を絶するほどシビアな金銭的現実だ。今回お話を伺ったのは、かつて日本を代表する美男子コンテスト「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」で賞を受賞し、将来を嘱望された俳優A氏だ。
現在はフリーランスとして活動する彼は、今もなお、月々の俳優業としての出演料(ギャラ)が8万円から10万円程度という生活を送っている。光熱費が止まることは日常茶飯事、都内の飲食店で深夜まで働きながら、それでも彼は「夢を諦めたくない」と舞台に立ち続ける。
連載「あなたの給与明細見せてください」の本稿では、A氏が自らの「財布の中身」をさらけ出し、舞台1公演あたりの単価、稽古期間の無給実態、そして事務所所属時代に手取りが「3割以下」だったという衝撃の構造まで、演劇界の「サバイバルな日常」を語っていただいた。全3回の第1回。
目次
「舞台1回2万円」という対価。拘束120時間のほとんどは“無給”
俳優としての僕のメインの収入は、月によって変動はありますが、だいたい8万円から10万円程度です。これはアルバイト代を除いた、純粋な「出演料(ギャラ)」の金額です。
舞台俳優の給与体系は、多くの場合「ワンステージいくら」という計算になります。僕の場合、最近の規模感だと1公演出演して2万円ほど。これを聞いて「意外ともらえるんだな」と思う人がいるかもしれませんが、ここには大きな落とし穴があります。
舞台の本番は通常1週間から10日ほどですが、その本番を迎えるために、少なくとも2週間、長い時は1ヶ月近くの「稽古期間」が必要です。僕の場合、月に約120時間を俳優としての仕事に充てていますが、その大半はこの稽古です。そして、現在の演劇界の慣習では、この稽古期間やオーディション、リハーサルに対して給料が支払われることはまずありません。
つまり、時給換算すれば数百円にも満たない。120時間拘束されて、手元に入る確定した報酬が8万円。これが、今の僕の現在地です。
「1〜2ヶ月後の入金」が招くキャッシュフローの崩壊
この仕事において大変なことのひとつが、入金のタイミングです。舞台のギャラは、千秋楽を迎えてから1ヶ月後、あるいは2ヶ月後に振り込まれるのが一般的です。
このタイムラグが、生活に致命的な打撃を与えます。今月一生懸命働いても、通帳に数字が反映されるのは再来月。一方で、家賃や公共料金の支払いは容赦なく毎月やってきます。
結果として、年に数回は電気やガスが止まります。それは「お金がまったくない」というよりも、入金のタイミングを自分ではコントロールできないため、支払いを「待ってもらっている」うちに止められてしまう。これが僕の日常です。
事務所時代は「手取り3割」。フリーになって見えた景色
かつては事務所に所属し、地上波の番組や有名な作品に出演していた時期もありました。「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」という肩書きもあったので、一見すると順風満帆に見えたかもしれません。
しかし、当時の金銭事情は今よりもさらに過酷でした。事務所の取り分が6割、そこから源泉徴収などで引かれると、僕の手元に残るのはわずか3割程度。どれだけ大きな作品に出ても、生活を維持できるだけの金額には届きませんでした。当時は俳優業を生活の当てにできず、完全にアルバイトがメインの生活でした。
「事務所にいた方が大きな仕事は入りやすい」というのは事実です。企業とのタイアップや、自分一人ではアクセスできないような案件が舞い込んでくる。でも、それが生活の安定に繋がるかといえば、別の話です。僕の場合、フリーになった今の方が、直接いただけるギャラの額自体は上がりました。皮肉なものですが、規模の大きな作品に出ている時ほど、僕の生活は困窮していたんです。
夜勤で、俳優としての自分を繋ぎ止める
俳優としての収入だけでは当然、食べてはいけません。生活を支えているのは、週に数回入っているアルバイトです。今は飲食店で、夜勤を中心に働いています。
なぜいまのお店なのか、と聞かれることもありますが、役者がオーナーを務めているお店で働いているからです。僕たちのような人間にとって一番の優先事項は「オーディションや急な仕事に対応できるか」ということ。普通の企業では許されない「明日オーディションが入ったので休みます」というわがままを、同じ夢を追う仲間たちが運営する店は、理解し、受け入れてくれます。
時給は1.5万円から2万円の日給になることもありますが、基本は夜勤。そんな生活をもう4、5年続けています。深夜のドン・キホーテでレジを打ち、そのまま歩いて帰るという時代もありました。今も昔も華やかな街の喧騒を横目に、明日の稽古のことだけを考える毎日でした。
外資系OLの妹、そして絶縁寸前だった家族との和解
僕には妹がいます。彼女はいわゆる「外資系OL」として、堅実で安定した生活を送っています。家族全員、僕がこの道に進むことには大反対でした。大学を中退して東京へ飛び出したときは、それこそ「勘当」されたような状態だったんです。
今は少しずつ和解し、年末年始には家族旅行に行くまでになりました。でも、やはり心のどこかで申し訳なさが消えません。長男として、本来なら自分が食事代や宿泊費を出すべき立場なのに、それができない。妹が立派に社会人を務めている横で、自分はいつまで「夢」を言い訳に、不安定な生活を続けるのか。家族の心配そうな視線を感じるたびに、胸が締め付けられるような思いがします。
それでも、僕はこの仕事を辞めることができません。
「現実を忘れるため」に、舞台の上に居場所を探す
よく「俳優のやりがいは何ですか?」と聞かれます。僕の答えは少し後ろ向きかもしれませんが、「現実を忘れられる、、忘れさせることができること」なんです。
お金がない、将来が不安、家族に申し訳ない——。そんなドロドロとした現実も、舞台の上で「自分ではない誰か」の人生を生きている間だけは、きれいに忘れることができる。自分の役が舞台上で死に、物語が終わる。その瞬間、僕の中にその役の心が残り、観に来てくれた誰かの中に感動を残すことができる。それが僕が生きていくための原動力です。
現在、アルバイトを含めた年収は240万円に届くかどうかの瀬戸際です。それでも、身体が動く限りは俳優業を続け、観に来てくれたお客様をワクワクする「現実からの逃避行」へと連れて行けるよう、努力を重ねていきたいと思っています。