元ジュノンボーイになってテレビに出ても手取り10万円——タレント事務所に所属していた30代俳優の終わらない「駆け出し時代」
「夢を追う」という言葉は響きが良いが、その実態は、往々にして「生活の切り詰め」という泥臭い作業の連続だ。今回も引き続き、30代の俳優A氏に話を伺う。彼はかつて、知人の家を間借りして住んでいたという。そこには風呂もなく、窓からは都会のネオンが見える。
一方で、彼の妹は一流企業で働く。同じ家庭に育ちながら、一方は「華やかだが困窮する表現者」、一方は「堅実なオフィスワーカー」。この対比は、A氏に何をもたらしたのか。
連載「あなたの給与明細見せてください」の本稿では、元ジュノンボーイ俳優が抱える「住環境のリアル」と、一般社会との「埋められない溝」、そして彼が現実逃避の果てに見つけた「スローライフ」という救いについて、さらに深く掘り下げていく。全3回の第2回。
目次
ジュノンボーイとしてテレビに出ても手取り10万円
コンテストで賞をいただき、いわゆる「ドラフト」のような形で大手事務所に所属が決まったんです。
当時は、「今すぐにでもこの世界で勝負したい」という焦りと、「賞をもらった自分なら、すぐに売れるはずだ」という根拠のない自信がありました。親からは猛反対されましたし、勘当同然で家を飛び出しましたが、当時の僕にはスポットライトしか見えていなかった。
でも、事務所に入ってすぐに突きつけられたのは、あまりにもシビアな数字でした。
事務所に所属していた約7年間、僕の給料は常に「手取り10万円」程度でした。もちろん、仕事が全くなかったわけではありません。地上波の番組や、人気作品を原作とした舞台など、いわゆる「大きな仕事」も経験させてもらいました。
しかし、どんなに有名なプラットフォームに乗っても、どんなに豪華な衣装を着てスポットライトを浴びても、通帳に振り込まれる金額は、近所のコンビニでバイトをしている学生よりも少なかった。
「当てにできる金額ではない」というのが本音でした。結局、生活を支えるためには深夜のレジ打ちバイトを掛け持ちするしかなく、昼間は「俳優」、夜は「フリーター」という二重生活が続きました。
都内・家賃5万円。風呂は近所のサウナ、食事はドン・キホーテ
俳優として駆け出しの頃、僕が住んでいたのは都内にある物件で、間借りさせていただいていた状態でした。家賃は月5万円。都会のど真ん中という立地を考えれば破格ですが、当然、お風呂はありません。毎日、近所のサウナや銭湯に通う日々。当時の僕の生活圏は、家と稽古場。それだけでした。
深夜まで都内のドン・キホーテでレジ打ちのバイトをして、重い足取りでスタジオに帰る。その道中、楽しそうに笑い合う同年代のグループを横目で見ながら日々を過ごしていました。
食事も、ドン・キホーテで買った安い食材や、値引きされたお弁当が中心。「ジュノン・ボーイ」として脚光を浴びていた時期ともかぶっていましたが、表と裏の「高低差」は大きかったですね。
40代が見えてきて俳優としての「賞味期限」と、それでも続く道
俳優として30代を迎え、周囲からは「いつまで続けるの?」という視線が痛いほど刺さります。同年代の友人は家を買い、子供を育てている。僕はといえば、今でも光熱費の支払いに怯え、夜勤のバイトで食いつないでいる。
「俳優」という肩書きを捨てれば、もっと楽に生きられる道はあるでしょう。でも、一度でもあの舞台上のスポットライトを浴び、自分ではない誰かとして息をした感覚を味わってしまうと、もう元の世界には戻れないんです。
お金はない。安定もない。家族への申し訳なさも消えない。でも、僕には表現がある。それだけが、僕が「ここにいていい」と思える唯一の証明なんです。これからも、都会の片隅で僕は俳優として、一人の人間として、泥臭くあがき続けていくんだと思います。