「観光好調」の裏で続く所得最下位の泥沼…シンガポールとの決定的な違い。沖縄経済を蝕む「外部依存」という病
「沖縄をシンガポールに」という華やかなビジョンの裏で、なぜ富は地元に定着しないのか。かつて経済学者が指摘した「経済的ブーメラン」の構造を捉え直し、陳情と基地反対の二項対立に終止符を打つべきときが来ている。元『プレジデント』編集長で作家の小倉健一氏がシンガポール建国の父リー・クアンユーの国家戦略を引き合いに出しながら、地方自治体としての限られた裁量の中で、沖縄が真の経済的自立を果たすための現実的な道筋を論じる。
みんかぶプレミアム連載「小倉健一の新保守宣言」
目次
立派なインフラと最下位の所得…観光好調の裏で県民が潤わない矛盾
沖縄に行くたびに、不思議な気持ちになる。空港から那覇の街へ向かう車窓には、真新しい道路と立派な橋が次々と現れる。本土復帰から半世紀あまり、国費を投じて整えられた社会資本は確かに豊かだ。だが、街の活気と県民の所得水準のあいだには、大きな乖離が横たわっている。
観光客は年間で数百万人を数え、ホテルの稼働率は高い。にもかかわらず、県民所得は全国平均の7割ほどで、長く最下位を抜け出せずにいる。なぜか。
「沖縄をシンガポールにすればいい」。耳にした人も多いだろう議論である。地理的にはアジアの扇の要、台湾からも九州からも程よい距離。低税率の特区を設け、外資を呼び込み、金融と物流のハブにする。聞こえはよい。シンガポールが独立時に資源を持たぬ小国でありながら、アジア有数の所得水準を達成した事実は、確かに刺激的な参照軸となる。
けれども、沖縄経済の構造を覗き込むと、夢物語の輪郭がぼやけてくる。ひとつ気になる事実がある。沖縄県は、県内総生産に占める製造業の比率が全国の都道府県で最も小さい。かつて経済学者の嘉数啓は、ここに「経済的ブーメラン」と呼ぶべき構造を見いだした。中央政府から振興予算が降り注ぎ、観光客が落とす金が積み上がっても、ホテルの建材も、食品も、家電も、ほとんど本土から運び込まれる。だから入ってきた金は、ぐるりと弧を描いて本土の企業へ戻ってしまう。手の中に握り込もうとしても、指の隙間からこぼれ落ちていく感覚に近い。
シンガポールと沖縄の決定的な違い 物理的に富が定着する基盤の有無
シンガポールが達成したものは、低税率や自由貿易だけではない。精密機械や輸送機械を含む、高い付加価値を生む製造業を国土の中に物理的に根づかせた点に、決定的な強みがある。工場、研究所、技術者。物として、人として、富が定着する基盤を持っている。
沖縄に、ここまでの厚みはない。製造業の土台が薄いところへいくら金が流れ込んでも、富は素通りしていく。公共事業、基地経済という果実だけ欲しがって、果実を実らせる大木を育てる議論を避けてきた。本土復帰以来の沖縄経済が抱える宿題は、煎じ詰めれば一点に集約される。
では誰がどんな「木」を植えれば沖縄は発展するのか。保守陣営と経済界は、長らく本土への陳情を経済政策の中心に据えてきた。次の振興予算をいかに引き出すか、新しい道路や港湾、空港をどう誘致するか。確かに公共事業は雇用を生む。建設業の比率が大きい沖縄では、無視できぬ生命線でもあるだろう。けれども、橋を架け終われば仕事は消える。道路ができてしまえば、次の予算を待つだけになる。陳情の連鎖は、自立とは正反対の方向へ県の体質を引きずっていく。経営者の発想は、市場で勝つことより、東京で受けがよい筋書きを作る方向に傾く。製造業の根を張る作業は、おそろしく地味で、時間がかかり、票にも献金にも結びつきにくい。だから後回しになる。