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「酒に弱い人が長年飲み続けた場合の食道がんリスクは49.6倍」…価値判断を、がん研と厚労省に丸投げする代書屋に成り下がった自民党の罪

「酒に弱い人が長年飲み続けた場合の食道がんリスクは49.6倍」…科学の正論を利用して、病気を「不運」から「自己責任」へとすり替える健康支配の罠

 2026年6月、国立がん研究センターが「飲まないのが最善」との指針を公表し、適量飲酒の幻想は公式に終わりを告げた。だが、本当に注視すべきはエビデンスそのものではなく、その「正しさ」が行政・政治へと無責任にリレーされ、暮らしを縛る規制へ至る統治システムである。かつてタバコが通過した「数値化と規制」のベルトコンベアが、今度は酒にも適用されようとしている。エ元『プレジデント』編集長で作家の小倉健一氏が、主格なき規制が確実に降ってくるプロセスの“卑怯さ”を解剖していく。

 みんかぶプレミアム連載「小倉健一の新保守宣言」

目次

飲むほどに高まるがんのリスク。安全な飲酒量は存在しない

 酒は飲むな、と国が言い出した。

 正確には、国立がん研究センターである。2026年6月3日、「科学的根拠に基づくがん予防法5+1」の第3版が公表され、飲酒に関する推奨は「節酒する」から「飲酒をひかえる(飲まない)」へと書き換えられた。長らく「酒は百薬の長」とされ、適量なら体に良いとまで言われてきたJカーブの幻想は、ここで公式に死んだ。少量の飲酒であってもがんのリスクは段階的に上がる。だから安全な飲酒量など設定できない。飲まないのが最善である——。これが、日本の最高峰の研究機関が下した結論だ。

 ここで私が注目したいのは、エビデンスの中身そのものではない。数字に文句をつけるつもりはない。日本人男性のがんの8.3%、女性の3.5%は飲酒に起因する。1日あたりの純エタノール摂取量が46g以上で罹患リスクは約40%、69g以上で約60%上がる。とりわけ食道がんでは、本来酒に弱い体質の人間が長年大量に飲み続けた場合、リスクは49.6倍に跳ね上がる。49.6倍だ。誤植ではない。科学は科学として正しい。私が見据えているのは、この「正しさ」が、ここからどう動いていくか、その流れのほうである。

科学から行政、政治へ繋ぐリレーが生む「責任の不在」

 ことの順序を冷静に追ってみる。まず、がん研が言い出す。酒は少量でもがんのリスクを上げる、飲まないのが最善だ、と。次に、それを行政が拾う。厚生労働省は「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」で、純アルコール量が男性40g、女性20gを超えるとリスクが高まると数値を刻んだ。そして最後に、政治がそれを規制へと変えていく。この3段構えこそ、いま私たちの身に起きていることの正体だ。

 順を追えば、一見どこにも無理がない。研究機関は科学的事実を出しているだけ。役所はその事実を国民に分かりやすく伝えているだけ。政治家は専門家の言うことに従っているだけ。誰も嘘はついていない。誰も独断はしていない。だが、このリレーが一周し終わったとき、現実には一人の人間の手元に、暮らしを縛る具体的な規制が落ちてくる。そして奇妙なことに、その規制について「私が決めました」と名乗り出る者が、どこにもいない。

タバコを激減させた規制の構造が、そのまま酒へ適用される

 ここに、この国の統治のいちばん卑怯な仕掛けがある。まず最初の走者、がん研の手つきを見てほしい。彼らは「酒はがんのリスクを上げる」という事実を出すだけにとどまらない。そこから一歩踏み込んで「飲まないのが最善である」と勧告する。これはもう事実ではない。価値判断だ。リスクが上がるという観測と、だから飲むなという命令のあいだには、本来、超えてはならない一線がある。どこまでのリスクを各人が引き受けてよいかは、医学が決めることではなく、生き方の問題だからだ。ところが研究機関は、白衣の権威でその一線をひとまたぎして、しれっと「最善」という言葉を置いていく。事実の顔をした命令である。

 次の走者、厚生労働省は、その命令を数値に翻訳する。40g、20g。グラム数になった瞬間、それは曖昧な助言ではなく、行政が管理すべき「基準」へと姿を変える。基準があれば、超えた者を名指しできる。名指しできれば、いずれ規制の対象にできる。タバコがそうだった。「受動喫煙は他人を害する」という一文から始まり、健康増進法ができ、受動喫煙防止が義務化され、飲食店から喫煙席が消え、税は上がり続けた。昭和41年に83.7%あった成人男性の喫煙率は、令和5年に25.6%まで落ちた。半世紀で60ポイントの暴落だ。これは自然に起きた現象ではない。エビデンス、数値化、規制という、いま酒にかけられているのと寸分違わぬベルトコンベアの上を、タバコが先に通過していっただけのことだ。

 そして最後の走者、政治である。ここが肝心だ。本来、科学が突きつける「正しさ」を、どこまで法で強制し、どこからを個人の自由に委ねるか——その線引きこそが、政治にしかできない仕事だ。研究機関にはできない。役所にもできない。価値の重みを引き受け、国民の暮らしの手触りを天秤に乗せ、責任を負って線を引く。それが政治の存在理由である。

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