第三十話「拒否した握手」連載小説「奪われるースパイ天国・日本の敗戦ー」
スパイ防止法がないこの“天国”・日本で、知らない間に国が「奪われる」──。
表向きの歴史やニュースの裏側に潜む、冷酷な国際諜報戦と、個人の運命が国家間の巨大な陰謀に巻き込まれていく壮大な安全保障サスペンス小説、ここに爆誕。
舞台は、女性初の内閣総理大臣・高地きみえが熱狂的な支持を背景に「強い日本」を目指す日本。彼女は長年の懸案である日本人拉致被害者の奪還を決意し、極秘裏に北朝鮮の金正恩総書記との会談に臨む。しかし、その外交交渉の裏側では、すでに北朝鮮の体制に「影」が差し込み、巨大な隣国・中国の思惑が絡み合っていた。
第三十話「拒否した握手」
待機室で待つ高地きみえ首相は、時計の針がゆっくり進むのを感じた。手に汗が伝う。「さぁ来い、金正恩」。しばらくすると、待機室のドアを叩く音がした。「時間です」。北朝鮮外務省の人間だという男は無表情なまま、言葉を続ける。「いいですか、日本の皆さん。決して失礼のないように」。ドアから出た高地は、少し離れた扉から金正恩総書記が数人の幹部たちを引き連れて入ってくるのを確認した。身長はそれほどでもないが、体は大きい。テレビで見た通りに太っていた。特徴のある髪型も同じだ。
金正恩は笑みを浮かべているが、目の奥は笑ってはいない。「高地首相、突然の訪問とは、勇気がありますな」。初めて聞いた金正恩の肉声が重く響く。高地は差し出された握手を拒否し、「総書記、無駄話は抜きでいきましょう。早速、本題に入りたい」と言い返した。テーブルを挟み、向かい合う高地と金正恩の周りは空気が張り詰めている。