熊本地震が打ち砕いた「想定内」という幻想…直下型と津波リスクを抱える大阪を唯一の副首都に固定する「防災上の大暴論」
熊本を襲った大地震は、「災害は想定通りの場所や順番で1回だけ起きる」という前提の崩壊を改めて突きつけた。この教訓は、首都機能のバックアップをめぐる議論にも直結する。「東京と大阪の同時被災はあり得ない」という前提で進められる“大阪副首都論”だが、大阪自身が上町断層帯や南海トラフ地震といった重大な直下型・海溝型リスクを抱えている現実が見落とされがちだ。元『プレジデント』編集長で作家の小倉健一氏が、単一都市への固定がはらむ危うさを指摘。現実的なバックアップのあり方を論じる。
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熊本で最大震度7の地震発生 崩れた「災害は一度だけ」という前提
7月28日16時27分、熊本県熊本地方でマグニチュード7.1、深さ約10kmの地震が起き、熊本県で最大震度7を観測した。約40分後の17時08分には、天草・芦北地方でマグニチュード6.1の地震も起きた。その後も震度4や5弱を伴う地震が続いた。
今回の地震が突きつけたのは、地震大国の日本では「大きな災害は、想定された場所で、想定された順番で、1回だけ起きる」という考えが通用しないという事実である。震源が浅い内陸地震は、都市のすぐ下で起きれば、揺れが短時間で襲ってくる。行政も住民も、地震が起きてから安全な場所へ機能を移す余裕を失う。
首都機能のバックアップを考えるなら、この厳しさを出発点にしなければならない。東京が止まった時に、大阪へ人と書類を運べば済むという話ではない。大阪がその瞬間に無傷であり、電気、水、通信、道路、鉄道、空港、庁舎、職員、宿泊施設まで使える状態で残っていなければ、バックアップは動かない。
政府資料も認める同時被災リスク 「あり得ない」と言い切る政治宣伝
今回の熊本地震は、その当たり前を改めて示した。それでも大阪副首都論では、「東京と大阪が同時に被災することはない」「首都機能の代替先なのだから、大阪自体の災害リスクは関係ない」という説明が繰り返される。これは完全に逆である。代替先だからこそ、その都市自身の災害リスクが最重要になる。
内閣府が2013年に行った「政府中枢機能の代替拠点に係る基礎的調査」は、札幌、仙台、さいたま、名古屋、大阪、広島、福岡を比べた。その評価項目には、行政機関の集まり方だけでなく、自然災害への安全性、東京圏との同時被災、過去の災害、ライフライン、危険物施設、移動時間、庁舎や宿泊施設の確保まで入っている。つまり政府自身が、「大都市だから代替できる」とは考えていない。
さらに同調査は、東京圏で全面停電が続くブラックアウトの想定について、大阪を「影響の可能性あり」と評価した。設定上、大阪が東京電力管内の停電に直接巻き込まれるわけではない。それでも、東京圏全体を止めるような事態では南海トラフ地震などが起き、太平洋側の大阪も影響を受ける可能性があるからである。政府資料が「可能性あり」と書いているのに、「同時被災はあり得ない」と断言するのは、事実を無視した政治宣伝である。
南海トラフだけではない 複数存在する直下型活断層のリスク
今回の熊本地震と大阪を結ぶ最大の論点は、活断層である。大阪は南海トラフだけを心配すればよい都市ではない。大阪府が2026年3月に公表した最新の震度分布と液状化の想定は、南海トラフ地震に加え、上町断層帯の北側と南側、生駒断層帯、有馬高槻断層帯、中央構造線断層帯という複数の直下型地震を対象にしている。
大阪府の業務継続計画も、上町断層帯地震と南海トラフ巨大地震を正式な対象にしている。大阪の行政自身が、大阪府庁の機能を止め得る地震を1つではなく複数想定しているのである。とりわけ上町断層帯は、大阪市の中心部に近い。内閣府の代替拠点調査でも、大阪駅周辺と大阪合同庁舎周辺の近くに上町断層があると明記された。副首都の中枢を大阪市中心部へ置けば、その中枢は活断層の近くに置かれる。
大阪は大都市として、防災投資を進め、経済と行政を守るべきである。しかし、東京が倒れた後に国家を引き継ぐ場所として選ぶのは別問題である。自分自身が直下地震の大きなリスクを抱える都市を、国の最後の保険にしてはならない。
しかも大阪は、直下地震と海溝型地震の両方を抱える。大阪府は南海トラフ巨大地震について、沿岸部で震度6弱から6強、広い範囲で液状化や火災が起き、大阪湾に1時間から1時間半後に4mから5mの津波が来ると想定している。最大4mの浸水深が生じる地区もある。大阪府は2026年3月、最新の知見に基づいて津波浸水想定と震度分布を更新した。
同時被災の本当の意味 東京失陥の日に問われる大阪の受け入れ余力
東京が首都直下地震で止まり、大阪が平常運転なら、大阪は強い支援拠点になる。だが、南海トラフ地震のような広域災害では、東京と大阪が同じ強さで揺れなくても、東海道・山陽の鉄道、高速道路、港湾、電力、通信、燃料供給が同時に傷つく。東京から大阪へ政府職員を移す道が止まり、大阪側も自らの救命、消火、避難、医療、物資輸送に追われる。その状態で国全体の指揮まで引き受けるのは無理である。
同時被災とは、東京と大阪で同じ震度を観測することではない。東京が機能を失った日に、大阪も国家中枢を受け入れる余力を失うことである。
ここで見落とされやすいのが、建物が残っていても行政は止まるという点である。庁舎の耐震性が高くても、職員が自宅で被災し、鉄道が止まり、道路が渋滞し、家族の安否確認に追われれば、必要な人数は集まらない。非常用電源があっても、燃料の補給が途切れれば限界が来る。通信設備が残っても、基地局や回線が広い範囲で傷つけば、情報は集まらない。ホテルが多くても、観光客と避難者で埋まり、政府職員の宿泊場所にはならない。
平時の利便性が持つ罠 大阪副首都論が無視する広域災害の弱点
首都機能とは、国会議事堂や省庁の看板ではない。人、電気、通信、移動、食料、医療、警備が一体となって初めて動く。大阪府が業務継続計画を作り、咲洲庁舎の職員について津波警報時の参集先まで変えているのは、大阪自身がこの弱点を理解しているからである。大阪府の防災計画は現実を見ている。大阪副首都論の方が現実から離れている。
大阪からは、「札幌や福岡では東京から遠すぎる」「大阪には中央省庁の地方機関、企業、ホテル、交通網がそろっている」という反論が出ている。大阪は平時の使いやすさでは有力であろう。しかし、バックアップ施設は平時の便利さで決めるものではない。大事故が起きた日にも使えることが最優先である。人口と企業が集まり、交通が便利なことは、普段には強みだが、広域災害では同じ交通網と供給網に依存する弱みへ変わる。
しかも政府の初動バックアップは、すでに東京都立川市にある。立川広域防災基地には、自衛隊、警察、消防、医療、備蓄、通信設備が集まり、官邸や霞が関が使えない時の緊急災害対策本部の移転先にも指定されている。まず立川で政府を再起動し、首都圏全体が止まる最悪の場合だけ、複数の遠隔拠点を使えばよい。大阪に第2霞が関を造り、唯一の副首都として固定する理由はない。大阪=副首都は、防災上も財政上も全く必要ない。
熊本の教訓と首都代替のあり方 単一都市ではなくリスク分散された複数拠点へ
今回の熊本地震から導くべき結論は明快である。日本では、過去に大地震を経験し、防災を進めてきた地域でも、再び大きな地震に襲われる。大きな揺れの後に、強い地震が続く。行政自身が被災し、交通や通信が乱れ、被災地の対応だけで能力を使い切る。だから首都機能のバックアップには、「大きな都市」「有名な都市」「政治的に選びやすい都市」ではなく、災害リスクが異なる複数の拠点が必要である。
大阪を副首都にしてはいけないという主張は、大阪を軽く見る話ではない。大阪は西日本の経済を支える重要都市として守るべきであり、東京被災時には大きな役割を担うべきである。しかし、上町断層帯、南海トラフ、津波、液状化、広域交通の寸断という危険を抱える大阪を、代替首都に固定してはならない。
熊本で震度7が再び起きた今、「東京と大阪が同時に被災することはあり得ない」という言葉は、もう使えない。国の継続を本気で考えるなら、都市への期待ではなく、災害が重ならない仕組みを選ぶべきである。立川で初動を担い、遠隔地に複数の予備拠点を置けばよい。大阪を副首都にする必要は全くない。大阪副首都論が欠いているのは、まさにその視点である。