「走行距離課税」導入検討する政府に国民絶望…「自動車税負担、日本は米国の23.4倍」経済アナリストが指摘

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 物価高対策が主な争点だった7月の参院選から2カ月近くが経った。与党は現金給付を掲げたものの、有権者は野党が打ち出した「減税」により期待する形となったと言える。だが、いまだガソリン税の暫定税率廃止をはじめとする減税措置は実現されていないのが現状だ。それどころか「新税」導入が議論され、結果として「増税」の危機にある。経済アナリストの佐藤健太氏は「物価高が続いて国民生活は限界に近い。名前を変えただけの新税が導入されれば実質増税につながるだろう」と見る。

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いつになったらガソリン減税してくれるんだ

「与党から具体的な提案がない状況が続く限り実現できない。場合によっては野党だけで成立を目指す覚悟をしなければいけない」。野党第1党である立憲民主党の野田佳彦代表は9月6日、横浜市での講演でガソリン税の暫定税率廃止法案の成立を急ぐ考えを示した。

 ガソリン税は揮発油に課されている「揮発油税」と「地方揮発油税」の総称で、本来の課税額(1リットルあたり28.7円)に暫定税率(1リットルあたり25.1円)が上乗せされている。ガソリン価格が高いのは、合わせて1リットルあたり53.8円の税が乗っているためだ。この暫定税率部分がなくなれば、1世帯(2人以上)あたりの年間ガソリン購入費負担は1万円程度低くなると試算される。特にマイカー利用者や商用利用が多い人々にとっては「減税」を実感できる策だ。

 自民、公明の与党と国民民主党の幹事長は昨年12月、暫定税率を廃止することで合意した。合意文書には「いわゆる『ガソリンの暫定税率』は廃止する」と明記されている。だが、与党側は暫定税率廃止に伴う税収減を懸念し、実現に向けた動きを本格化させてきたとは言い難い。衆参両院で少数与党となった参院選投開票日の翌日、野田代表は記者会見で「10月1日からでも実施みたいな成功体験をもちたい」と語っていた。

 臨時国会が召集された8月1日、与野党の実務者はガソリン価格を引き下げる措置の協議をスタートさせた。立憲、日本維新の会、国民民主、共産、参政、日本保守、社民の野党7党は先の通常国会で廃止法案を提出した経緯があり、両院で多数派を形成することが可能な野党が一枚岩となれば成立する可能性が高い。だが、与党側は税収減を補う代替財源を探すことが重要として協議は進展が見られない。

新税の一つに検討される「走行距離課税」

 そこで立憲の野田代表は野党だけで実現する道を選択する可能性に触れたのだが、なお雲行きは怪しいと言える。その理由は、暫定税率を廃止する代わりに「新税」の導入が浮上しているからだ。車の走行距離に応じて税金をかける「走行距離課税」が検討されているのだ。

 暫定税率と走行距離課税は一体なにが違うのか。まず、暫定税率の歴史に触れておきたい。暫定税率とは道路整備の財源不足などを理由に1974年から上乗せが始まったものだ。たしかに道路維持管理には年間2兆円近くが必要とされるが、「暫定」はなぜか続いてきた。だが、暫定税率を廃止すれば、1リットルあたりの税金は28.7円にまで縮小する一方、税収減は年間約1兆5000億円程度とされ、こちらを先行させれば税収には穴が生じる。

 このため、走行距離に応じて課税する「走行距離課税」を導入することで「税収をいって、こい」の状態に持っていこうという案が浮上している。この新税の検討は何も今になって急浮上したわけではない。一部から「増税メガネ」と揶揄された岸田文雄政権時代から浮かんできたものだ。

EVを狙い撃ちにしている新税

 2022年10月、政府税制調査会(首相の諮問機関)では「走行距離課税」を含めた新たな課税方法を検討する必要があるとの意見が続いた。その背景には電気自動車(EV)の普及がある。EVや水素自動車は揮発油・軽油引取税の負担がない。一方でガソリン車に比べて車体の重さが2割ほど重く、道路への負担がより生じているというわけだ。いわば、EVを狙い撃ちにしている新税と言っても良いだろう。

 岸田首相は2022年11月25日の衆院予算委員会で「政府として具体的な検討をしていることはない」と述べているが、政府税調では税制改正を求める意見が出ていたのは事実だ。自民党の税制調査会にも燃料の課税による税収減につながるEV普及に対して税制の見直しを図るべきだとの声が根強い。

 だが、せっかくガソリン税の暫定税率が廃止されても「走行距離課税」が導入されることになれば、全体的に「増税」になるとの懸念が生じる。それでなくとも、すでに自動車ユーザーは「重税感」に苦しめられてきた。ガソリン税に消費税が課されるという不可解な二重課税問題も解消されてはいない。

9兆円を負担する自動車ユーザー

 自動車メーカーでつくる一般社団法人「日本自動車工業会」の資料によれば、自動車関係諸税は1954年度に道路特定財源が創設されて以来、増税や新税創設が繰り返されてきた。環境性能割の自動車税・軽自動車税から始まり、種別割の自動車税・軽自動車税、自動車重量税、揮発油税・地方揮発油税、軽油引取税、石油ガス税、そして車体課税分の消費税と燃料課税分の消費税がある。

 2024年度の当初予算でみると自動車ユーザーが負担する税金の総額は国の租税収入117兆円の7.7%にあたる約9兆円に上っているという。つまり、自動車ユーザーは取得・保有・走行の各段階で課税されまくっている。「取得時」に車両価格に対して消費税10%に加え、地方税の自動車税(環境性能割)が課せられる。環境性能割とは、自動車を取得した時に環境負荷の低減程度などに応じて課される税金で、最大3%(軽自動車は最大2%)だ。つまり、車両価格が200万円ならば消費税の20万円と環境割の6万円(最大)で合計は226万円となる。

 また、「保有時」には地方税の自動車税・軽自動車税と、国税の自動車重量税がかかる。登録車は総排気量に応じて2万5000~11万1000円の自動車税(軽自動車税は1万800円)、新規登録時や車検時には自動車重量税として0.5トンごとに4100円(非エコカー、軽自動車は3300円)の税金を払う必要がある。

ガソリン税ばかりに注目が集まるが、実は他にも…

 これらの「取得時プラス保有時」(車体課税)の合計租税収入は4兆7997億円(2024年度当初)で、「走行段階」にかかる燃料課税の合計は4兆2062億円(同)。これ以外にも自動車ユーザーは高速・有料道路料金や自動車保険料、リサイクル料金、点検・整備費などを負担している。

 ガソリン税ばかりに注目が集まるが、実は他にも「暫定税率」は存在している。それが自動車重量税の上乗せ分である「当分の間税率」だ。つまり、自動車重量税とガソリン税には「当分の間」としながらも特例的に税率が上乗せされている状況が続いてきた。

 一般社団法人「日本自動車連盟」(JAF)は、自動車重量税とガソリン税に上乗せされている「当分の間税率」に関し、論理的な説明もなく追加負担を求めているものであると廃止を求めている。

自動車税負担の国際比較で言えば、日本は米国の約23.4倍

 自工会も「現行の自動車税制の税体系や課税根拠は、社会の変化スピードに適応できておらず、抜本的な見直しが急務である」と指摘。課税標準が異なる自動車税と自動車重量税を結合し、「50年以上継続している当分の間税率廃止」で負担軽減することを要望している。自動車税負担の国際比較で言えば、日本は英国の約1.4倍、ドイツの約3.4倍、フランスの約9.5倍、米国の約23.4倍に達しているという。

 昨年12月に決定された与党税制改正大綱には、「自動車関係諸税の課税のあり方の検討」という項目がある。日本の自動車戦略やインフラ整備の長期展望などを踏まえるとともに、脱炭素化に向けた取り組みに積極的に貢献すると説明。「自動車関係諸税全体として、国・地方を通じた安定的な財源を確保することを前提とする」とした上で、中長期的な視点から車体課税・燃料課税を含め「総合的に検討し、見直しを行う」と明記している。

 取得時における負担軽減など課税のあり方を見直すとともに、「自動車の重量および環境性能に応じた保有時の公平・中立・簡素な税負担のあり方などについて関係者の意見を聴取しつつ、2026年度税制改正において結論を得る」とした。自動車重量税を減免するエコカー減税は2026年4月に終了予定で、政府として今年の年末には抜本的な見直し策を決めようということになる。

「走行距離課税」を導入することには違和感を抱かずにはいられない

 つまり、2025年末に行われる税制改正協議で「新税」が導入されるか否かが決まる見込みなのだ。だが、ガソリン税の暫定税率廃止をする代わりに「走行距離課税」を導入することには違和感を抱かずにはいられない。そもそも自動車に対する税金が「9」もある上、EVを推進してきたのは政府だ。2035年までに国内販売のすべての新車を電動車にする方針を進めてきており、普及したら「はい、課税ね」というのでは訳が分からない。

 加えて、仮に走った距離に応じて課税することになれば長い距離を走ることが多い地方での負担が増すことにつながる。道路への負担が大きいという点で見れば、大型トラックやバスはどうなのか、といった観点もあるだろう。物流事業者にとっては大打撃となりかねない。

新税の導入検討はあまりに国民を愚弄している

 税は「公平・中立・簡素」が原則であるはずだ。人口減が急速に進む中、税収減への危機感が政府・与党内に強いことは理解できるが、EVや地方・一部事業者を狙い撃ちにするような新税には違和感がある。地方で暮らす人々にとっては、車は生活必需品とも言える。物価高騰対策を検討する中において、さらなる負担増につながる新税の導入検討はあまりに国民を愚弄しているのではないか。

 現在の物価高騰が国民生活を圧迫する中、政府・与党が議論する新税導入の動きは、さらなる国民負担を招きかねない。特に、電気自動車(EV)や地方住民、物流事業者への影響が懸念される「走行距離課税」は、車の使用が生活に不可欠な層にとって深刻な問題となる。本来、税は公平・中立・簡素であるべき原則から逸脱しており、国民の生活防衛を最優先する政策が求められている。安易な増税ではなく、抜本的な税制改革と、国民生活を支えるための具体的な経済対策が急務と言える。

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この記事の著者
佐藤健太

ライフプランのFP相談サービス『マネーセージ』(https://moneysage.jp)執行役員(CMO)。心理カウンセラー・デジタル×教育アナリスト。社会問題から政治・経済まで幅広いテーマでソーシャルリスニングも用いた分析を行い、各種コンサルティングも担う。様々なメディアでコラムニストとしても活躍している

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