第三十三話「NSS案件」連載小説「奪われるースパイ天国・日本の敗戦ー」
スパイ防止法がないこの“天国”・日本で、知らない間に国が「奪われる」──。
表向きの歴史やニュースの裏側に潜む、冷酷な国際諜報戦と、個人の運命が国家間の巨大な陰謀に巻き込まれていく壮大な安全保障サスペンス小説、ここに爆誕。
舞台は、女性初の内閣総理大臣・高地きみえが熱狂的な支持を背景に「強い日本」を目指す日本。彼女は長年の懸案である日本人拉致被害者の奪還を決意し、極秘裏に北朝鮮の金正恩総書記との会談に臨む。しかし、その外交交渉の裏側では、すでに北朝鮮の体制に「影」が差し込み、巨大な隣国・中国の思惑が絡み合っていた。
第三十三話「NSS案件」
警察庁に入った新人職員の今泉謙太郎は、霞が関にあるビルの一室で書類の整理をしていた。新人の仕事は毎朝、ここから始まる。ある日、先輩たちの机を片付けていると、ある新聞の社会面に掲載された写真が気になった。両手で広げてみると、見覚えのある人物が写っている。「こ、この人は・・・」。謙太郎の手は震えがとまらなかった。
紙面には「高地首相、日朝首脳会談で生存者情報引き出せず」という見出しが躍っていた。メイン写真は、高地首相と金正恩総書記が大きく写っている。その脇の小さな写真には金総書記の同行者とみられる北朝鮮側の幹部たちの姿があった。以前、何回も見た鋭い目つきは忘れない。少し変わったように見えるのは白髪まじりの髪と口ひげのせいだった。
「どうした、今泉?」。上司となった茂田伸夫が背後から声をかける。「茂田さん、この人・・・」。「それがどうした?」。茂田がこう言いながら新聞をきちんと見る。そして、謙太郎は床に尻もちをつきながら告げた。「この人、この人は李天佑だ!」。茂田の顔色が変わった。「俺は遠くから撮影された写真でしか見たことがないが、本当に間違いないのか?」。「それはもう間違いありませんよ。私は何度も直接会っているんですから!」。でも、李天佑は警察庁に入る自分との接点を疑われ、習近平国家主席や国家安全省から注意人物と見られた人物だ。何より、中国当局から呼び出しを受けた後は消息を絶っていた。なのに、なぜ・・・。
「NSS案件だ。すぐに報告する」。茂田が急いで外に出て行った。30分もしないうちに、警察庁の会議室にNSS(国家安全保障局)の市原啓太局長が駆け込んできた。汗ばむ手で資料を握りしめている。「君か、今泉くんというのは」。「はい、自分です」。「挨拶は後でいい。早速、確認させてもらう。君は、この新聞に写っている男を知っているのか?」。市原は疑うような視線を送っている。だが、謙太郎は構わずに答えた。「はい、知っています。自分の恋人の父親でした」。
「恋人の親?」。市原は何とも解せないような表情を見せる。「君、この男が本当に中国の李天佑だと思っているのか?」。「そうであります!」。市原は手元の資料を何枚かめくると、さらに疑問の目をしている。「あのなぁ、李天佑というのは中国共産党の幹部だ。習近平国家主席の親戚とも聞く。いくら君が娘の恋人だからと言って、何回も会えるような存在ではない」。「でも・・・」。謙太郎がそう言いかけた時、警察庁の先輩である茂田が割って入った。