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台湾有事が起きてもアメリカは助けてくれない…イスラム法学者の世界的権威・中田考「高市首相はトランプに戦略的に利用される」

(c) AdobeStock

みんかぶプレミアム特集「高市首相の正念場」第一回。

目次

高市発言を巡る国内の議論は全面否定と全面支持の不毛な対立

 本稿は15日配信を措定して13日の朝に脱稿して送信したものであるが、配信が20日に延びたため、結語の後に【追補】を加筆した。

 なお筆者は高市の自民党総裁選出以前から高市の首相就任は日本の凋落を加速させる亡国の選択であると論じてきた。筆者の立場は明確で、“帝国日本”の国民の現世的福利と安寧を基準に現状を分析し、近未来の展開を予想し、最適と蓋然的に判断しうる選択肢を提言しようとするものである。

 私見によれば「日本」は「記紀神話」編集以前から中華秩序の周辺の独立文明、権威を備えた大王が文化的に異なる国々を纏め上げる“帝国日本”であり続けている。第二次世界大戦の敗戦後に成立した日本国は大日本帝国の敗戦処理の課題に失敗した。その失敗の原因は敗戦とアメリカ主導の占領行政により日本国が「国民国家」に変質を強いられ、“帝国日本”の責任を放棄した結果、大日本帝国の敗戦処理に失敗したことである。追補で論ずる高市の「台湾有事存立非常事態」発言問題はその直接の帰結である。

 但し筆者はあらゆるナショナリズムは人道に反し批判すべき部族主義であり、ナショナリズムのイデオロギーに立脚する現行の領域国民主権国家システムとその法的表現である「国際法」の規範的正当性を信じていない。そもそも国連安保理常任理事国に刑罰を科しうる有権解釈を下す国際法廷が存在しない国際法上の正当性を、筆者のような私人が論じることに意味はない。

 本論及び追補で述べるように、高市発言を巡る国内の議論は世論の分断を反映しエコーチャンバーで増幅するだけの全面否定と全面支持の不毛な対立に終わっている。筆者が本稿で意図するところは、どちらの陣営にも与することなく、宗教地政学に基づく全く別の視座からの観方を読者諸賢に提供することである。

 それゆえ国際法を論ずる場合でも筆者の関心はあくまでも、国際政治のリアルポリティクスにおける各主体のパワーゲームにおける国際法の利用の巧拙による“帝国日本”の「国益」に対する影響を、善悪の判断抜きに客観的に分析することにあることを予め断っておきたい。

首相就任後10日間の高市の外交活動

 2025年10月21日の首相就任以来、高市自民党総裁はわずか10日間で多国間会議出席、二国間首脳会談、軍事施設訪問、経済界交流など異例の密度の外交活動を行った。その殆どは高市の首相就任以前から準備されていたものであったが、高市新政権が否応なく多角的な国際問題への対応を迫られることを象徴的に示すものであった。この間の高市の外交活動を政府広報ベースの報道を基に以下に整理しておこう。

 10月25日にドナルド・トランプ米大統領と初の電話会談で日米同盟の強化を確認し、10月26日に初外遊となるマレーシアで開催されたASEAN首脳会議に出席しフィリピンのマルコス大統領、マレーシアのアンワル首相、オーストラリアのアルバニージ首相らと個別会談を行い、「自由で開かれたインド太平洋」構想の推進を表明した。28日には帰国後すぐに東京迎賓館でトランプ大統領と初の対面による日米首脳会談を実施し安全保障、経済協力、関税に関する合意文書に署名し、トランプと共に「新たな黄金時代」の構築を宣言し、米海軍横須賀基地の空母ジョージ・ワシントンを訪問し日米の防衛協力を強調し、夜には日米経済界の夕食会を開催し、高市は対米投資の拡大を呼びかけた。10月30日にはAPEC首脳会議が開催された韓国の慶州を訪れ李在明大統領との首脳会談に臨み未来志向の協力を確認した。10月31日-11月1日にはAPEC首脳会議に出席し、中国の習近平国家主席、台湾の平林信義総統府資政(非公式代表)と会談を行った。

 高市外交のアメリカ重視

 これらの政府広報ベースの事実の羅列だけからでも、高市のアメリカ、トランプの特別視は明らかである。第二次世界大戦の敗戦後、再軍備し軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)の加盟国となり集団安全保障体制にメンバーとなったドイツ、イタリアとは異なり、日本はアメリカ主導の占領下での武装解除後、「戦争放棄」「戦力不保持」「交戦権否認」を定めた憲法第9条の下に軍事的集団安全保障体制に加盟しない平和国家の道を選んだ。しかし冷戦開始によるアメリカの占領方針の変化により、なし崩し的に再武装化が進められ、1950年の警察予備隊の創設を皮切りに、1952年には保安隊に改組され、1954年に設置された防衛庁の文民統制下の(陸海空)自衛隊が発足し、「専守防衛」体制が成立した。主権回復、アメリカ主導の軍事占領の終結後も、引き続き日本全土に米軍基地が残され、日米安全保障条約を通じて核保有国のアメリカ一国に依存するアメリカの属国として宗主国の所謂「核の傘」の下で庇護される安全保障政策を日本は国是としてきた。こうした日米関係の歴史的経緯を鑑みれば今回の高市首相のトランプ大統領への阿諛追従も「属国仕草」として合理的に了解可能である。

   しかし問題はトランプ2.0MAGAトランプは第二次世界大戦後の国際秩序の根本的変革を目指すルール・チェンジャーであり[1]、慈悲深い家父長主義的宗主国として今後も振る舞うことを確信できないことである。上述の広報の外交辞令は全て上辺だけの玉虫色の何とでも取れるクリシェであり、それを分析してみても「当たるも八卦当たらぬも八卦」程度の意義しかない。政権交代後も外交実務の絶対多数は外交のルーティーンの惰性によって推進され、いかに極右対中国タカ派として国際的に認知される高市の外交であれ短期的には劇的な変化は生じえない。

MAGAトランプの「G2」的世界観と日本

 短期的には日本外交に及ぼす高市個人の言動の影響は限定的であり、いわば「誤差の範囲」に過ぎない。本稿のテーマに即してこの間の出来事で大局的、中長期的に唯一考察に値する「事件」は10月30日に行われた習近平国家主席との首脳会談後に、トランプ大統領が自身のSNSでそれを「G2(Group of Two)会談」[2]と表現したことである。

 トランプのG2発言は米中だけが特別な超大国であり、国際関係においてEUも日本、インドなどの他の国々は脇役に過ぎないとの対内的・対外的メッセージであった。それは翌10月31日から開催されるAPECの首脳会議を欠席し30日に習近平との会談を終えて直ぐに「G2発言」をして韓国を離れた彼の行動が何よりも雄弁に語っている。

 そしてトランプは会談中、戦略的曖昧性(Strategic ambiguity)に基づき台湾問題は一切話題に出なかったことを明言した。アメリカは1972年に日本の頭越し中華人民共和国を国家承認し中華民国(台湾)と断交したのであり、これが問題の根本である。既にMAGAトランプ(トランプ2.0)政権下の戦略研究界隈では、日本が従来のような属国(従属的同盟国)としてアメリカの庇護下にあり続けることは不可能で、「戦略的緩衝国家」への転換を迫られている、との認識が主流になりつつあった。

 言い換えればMAGAトランプの国際戦略とは、G2国際秩序において中国とアメリカを除くすべての国はアメリカが中国との直接軍事対決を避けるために戦略的に利用すべき外交資源であるということである。その大きな構図の中では日本も台湾も既存のG2国際秩序を脅かす中国の世界覇権を抑止するために、中国がアメリカの従属的同盟国であるとみなして警戒させ中国の戦略的選択肢を狭めさせる緩衝地帯として位置づけられる[3]

 1979年の米中共同コミュニケは「アメリカ合衆国は中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として承認する(recognizes)。この枠組みにおいてアメリカ国民は台湾の人々と文化的、商業的、その他の非公式な関係を維持する」と規定しており、アメリカの歴代政権は公式には「一つの中国政策(One China Policy)」に基づき中華人民共和国政府を唯一の合法政権と公式に承認しつつ、非公式に台湾を支援するという戦略的曖昧性を維持してきた。米中首脳会談でトランプが台湾問題に一切言及しなかったのも、このアメリカの戦略的曖昧性(Strategic ambiguity)の文脈で理解すべきものである。

高市の対中外交の勇み足

 筆者は前稿「トランプ大統領の登場により世界秩序は不可逆的に変わってしまった…西洋近代が抱えていた根本的矛盾がむき出しになりつつある中、それでも石破首相に期待する理由」2025年8月24日付『みんかぶマガジン』(有料部分)で、「両院で過半数を割っている自民党で、高石が首相になった場合には、分極的多党制の下で、参政党などの極右がキャスティングボードを握り、国粋主義、排外主義的政権が成立する可能性が高い[4]。私見では世界に一国の友邦も持たない日本に極右・排外主義的政権が誕生したと国際的にみなされる高市首相が誕生することは亡国の選択だと考える」と指摘したが、高市の対中外交を巡って早くもその懸念が現実化することになった。

 事の発端は、10月31日のAPEC首脳会議開催前に高市が台湾の平林信義総統府資政と会談を行いそれを写真付きでSNSに投稿したことである。それに対して翌11月1日に中国外務省報道官は「一つの中国原則に著しく反する行為」であり、「台湾独立勢力に誤ったシグナルを送るものであり極めて悪質」であると日本政府に対して「厳正な申し入れと強烈な抗議」を行ったと発表した。

 ところが更に高市は不注意にも戦略的曖昧性を考慮せず11月7日の衆院予算委員会で台湾有事を日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」にあたる具体例として挙げた。それを承けて8日深夜に薛剣総領事がXで「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない。覚悟ができているのか」と投稿した。SNS上で殺害予告とも受け取れる暴力的表現として国内外で物議をかもし炎上したため9日に薛は発言を削除したが、スクリーンショットが拡散された。その後も薛は「台湾問題は中国の内政」などの投稿を続けた。

 日本政府はそれに対して10日に木原稔官房長官が「極めて不適切な言動」として中国政府に正式抗議したと発表した。しかし実は同日、7日の台湾有事存立危機発言をめぐる中国政府からの抗議に対して高市は国会で発言撤回の意思はないと表明し、それに対し中国外務省が「台湾は中国の一部」「日本は政治的公約を順守し誤ったシグナルを送るのをやめよ」と「厳正な申し入れを行った」と表明していた。

 この薛総領事の発言は、内政干渉への抗議の比喩だとしても外交儀礼に反する粗野で下品な発言であり、通常ならペルソナ・ノン・グラータとして国外追放を要求されても仕方がないものであったのは事実である。しかしそもそも薛は台湾問題のような中国の国益に関するポジショントークだけでなくこれまでもイスラエルをナチに譬えるなど外交官に相応しからざる言動で知られた戦狼外交のアイコン、名物「キャラ」であった。

 薛の行動がどこまで「天然」だったのか、中国政府の意を呈してのものだったかは知る由もない。しかし結果的には薛の暴言への抗議も、従来の「戦略的曖昧性」を大きく逸脱し中国仮想敵視にまで踏み込んだ高市の「台湾有事存立危機事態」発言への中国側に対応しきれていない状況で無用な過剰反応をしたとの印象を与えることになり、その下品な比喩も不適切な高市発言への中国政府の強い怒りの表現として予定調和的に正当化されることになった。

 それが明らかになったのが、「台湾有事を巡る高市早苗首相の国会答弁とその後の中国側の反発についてどう考えるか」と尋ねる11月10日に放送された米FOXニュースでのインタビューで中国への批判を避けたトランプの返答であった。トランプは薛発言を批判しなかったばかりか、「では中国は友人なのか」と問われて、貿易不均衡問題に話を逸らして「同盟国は中国以上に貿易で我々を利用してきた。多くの同盟国も友人とは言えない」と答えて、日本もまた友人ではないことを暴露させた[5]

アメリカの属国から戦略的緩衝国へ

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この記事の著者
中田考

1960年生まれ。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。東京大学文学部宗教学宗教史学科(イスラーム学専攻)卒業。カイロ大学博士(哲学)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得。在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、同志社大学神学部教授などを歴任。著書に『みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論』(ベストセラーズ)、『宗教地政学から読み解くロシア原論』(イースト・プレス)、『13歳からの世界征服』『70歳からの世界征服』(共に百万年書房)などがある。

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