〈人間の愚かさ〉それでも〈やっぱり美しい〉宮原知子『パリは燃えているか』ーー『羽生結弦 notte stellata 2026』紀行(6)

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これがnotte

それでもーーどうにもならないほどに世界は残酷だ。誰もそれを止めることは人類の歴史上、叶うことはなかった。
それでも、私たちは声を上げ続けなければならない。羽生結弦がこうしてnotteを通して、氷上を通して祈りと希望を伝え続けているように。
notteのさらなる可能性ーー宮原知子『パリは燃えているか』もまさに、それだった。
私は驚きしかなかった。これがnotteか、共に人が進むための、notteという舞台。notteだからこその、勇気。
それぞれがそれぞれに、氷上芸術で人の世を問う。
宮原知子の問いが、いまnotteに顕現した。
パリを救った、最後の勇気
この『パリは燃えているか』という主題は明確な反戦と平和を訴える作品である。それも常に悪役であるナチスドイツの軍人、大パリ防衛司令官のディートリヒ・フォン・コルティッツ将軍が中心にある。
1944年、敗色濃厚となったアドルフ・ヒトラーは「パリを燃やせ」という司令を出した。死なばもろとも、連合軍に明け渡すくらいならパリの街を廃墟にしてパリ市民も根絶やしにしろと。
しかしコルティッツは軍人である前に人間だった。それまで彼は忠実な男で、命令にすべて従うプロの軍人として生きてきた。
それでもーーコルティッツは司令官として最初で最後の命令違反を犯した。
パリを燃やさず、降伏する道を選んだ。
ナチスでヒトラーに背くことは死刑の運命しかない。家族もナチスの人質にとられているようなもので、連座で皆殺しとなる。スウェーデン総領事のラウル・ノルドリンクもまたコルティッツに訴えた「人類の敵として永遠の罪人となる気か」と。
コルティッツの葛藤と勇気、その決断がパリを、人類を救った。最後まで命令に従ったアドルフ・アイヒマンがアウシュビッツで最後の最後までユダヤ人数十万人を毎日、毎日ガス室送りにし続けたのとは対照的に、コルティッツは最後の最後に踏みとどまった。人間であることをやめなかった。
「パリは燃えているか?」
ヒトラーは何度も自らコルティッツに電話した。しかし、パリは燃えなかった。
コルティッツは1966年に死んだ。葬儀にはドイツだけでなくフランスの軍人も参加した。そのパリを救った、最後の勇気を称えるために。