あの日の体験を伝える、歴史を伝えるーー震災伝承ソング『幾重』羽生結弦スペシャルプログラム(前)

伝えるとは、なんだろう。
目次
東日本大震災の体験者として
体験を、伝える。
なるほど体験を伝えることはもっとも説得力のある行為だ。
事件、災害、戦争――あまた体験者が、その苦しい体験を多くの人に知って欲しい、覚えていて欲しい、忘れないでと、伝える。
歴史を、伝える。
そして、それを伝え聞いた者が次代にその体験者と歴史を伝える。
しかし体験者もいずれ世を去る。人の寿命は克服できない。
長崎の被爆二世である私が所属する日本被団協の地域組織、東京の被爆者団体「東友会」によれば、広島・長崎の東京在住被爆者は3,838人(2022年)しかいない。多くはもう90代である。
だから東友会の被爆2世団体である「おりづるの子」は、被爆者である親の体験を歴史として、伝える。
こうした被爆団体に限らず、東京大空襲や沖縄戦もそうだろう。もちろん、震災しかり。しかし体験者でもないのに伝えるというのはとても難しい行為で、内省からの内発が問われる。
羽生結弦は誰と比べるでなく東日本大震災の体験者として、その体験者の想いという歴史を伝えてきた人に思う。言葉で、寄附で、そして、氷上で。
言葉の力を信じている私だが、それ以上に絵画や造形、舞踏の力もまた信じている。
私の語り継ぐ長崎の原爆とするなら、絵画でいえば丸木位里の『原爆の図』、造形なら北村西望の『平和祈念像』だろうか。言葉とはまた別の力がある。彼ら被爆者の記憶が、彼ら被爆者の体験が私たちに「忘れないで」と語りかけてくる。
ありがたいことに、羽生結弦もまた被爆地広島でその「忘れないで」を氷上から伝えてくれた。『Echoes of Life』広島公演とはそうした意味でも非常に重要な公演であった。
それについては2025年1月の拙筆『羽生結弦の公演は同じであっても同じでない、そして意味を持つ…さあ、Novaと新たに広島=「ヒロシマ」へ…』『ダニーボーイ』…命に想いを寄せ、祈り、舞う、ヒロシマに咲く白き花』『天を指した平和への想い、指先に込められた祈り…ダニーボーイ、其は美しい。』など一連の広島公演ルポに書いたが、こうした歴史を氷上で伝える――1994リレハンメルのカタリナ・ヴィット『花はどこへ行った』など、氷上の社会性におけるエポックメイキングはあれど、これほどまでの社会性の発露、その連続性を持ったフィギュアスケーターは羽生結弦をおいていない。