教育という“最大の長期投資”〜荒れる6歳の涙とディズニーの夜、娘という成長企業が描くエクイティ・ストーリー〜
小学校受験、それは個人投資家が挑む「最もボラティリティの高い先物市場」だ。
矢野経済研究所のデータによれば、少子化にもかかわらず教育市場は数兆円規模を維持し、中でも幼児英才教育市場の熱狂は凄まじい。都内有名校の倍率は10倍を超え、幼児教室や直前講習への課金はたった1年で200万〜300万円に達するなど、教育費のハイパーインフレが起きている。
私は中学受験という過熱したレッドオーシャンを避け、この市場に「バリュー株」としての勝機を見出した。しかし、どれほど緻密に資金とデータを計算しようと、投資対象は「6歳の生身の子供」だ。決戦の11月、私は経済の数字が一切通用しない感情の“大暴落”を思い知ることになる。
みんかぶプレミアム連載「億り人投資家ママ ちょる子の小学校受験戦記」
投資家最大の武器は「握力」。教育という極端なボラティリティ市場
株式投資の世界において、個人投資家が勝つための最大の武器は何か。 それは最先端の情報収集力でも、複雑なチャートを読み解く分析力でもない。市場が暴落し、自分の資産が音を立てて目減りしていく恐怖の中で、その銘柄を信じて手放さない「握力(保有し続ける力)」である。
金融市場は常にボラティリティに晒されている。世界情勢の悪化、金利の変動、要人の発言。ありとあらゆるノイズが市場を揺さぶり、投資家の心理をパニックに陥れる。 しかし、短期的な値動きに一喜一憂せず、その企業が持つ本質的な価値(ファンダメンタルズ)と、中長期的な成長のシナリオ(エクイティ・ストーリー)を信じ抜くこと。それができる者だけが、最終的に大きなリターン(果実)を手にすることができる。
そして、5歳の娘と共に小学校受験という未知のマーケットに飛び込んで1年。 いよいよ決戦の11月本戦を迎えた私は、この「投資の鉄則」が、そのまま「子育ての鉄則」であることを、身を引き裂かれるような痛みと共に思い知ることになる。
教育とは、親が子どもに対して行う「最大の長期投資」だ。 だが、そのリターンの軌道は、決して美しい右肩上がりの直線を描いたりはしない。本番のプレッシャーがピークに達した時、娘という“成長企業”の株価は、かつてないほど激しく乱高下し始めたのだった。
11月本番。試される親の「待機時間」と、小さな背中
11月1日。 東京エリアの私立小学校入試が一斉にスタートした。 私立の試験は、ペーパーテストと行動観察(集団での遊びや巧緻性を見るテスト)が別日程で行われる学校も多く、入試期間は11月の半ば、およそ3週目くらいまで長丁場で続く。
本番の朝。娘は指定の「お受験服(紺色のワンピースもしくは体操着など)」を、私たち親も「濃紺のスーツ」に身を包み、戦闘態勢に入る。
控室となる講堂や体育館は、異様なまでの静寂に包まれていた。 小学校受験において、考査中の親の待機姿勢もまた、学校側に見られている(あるいは、そう意識すべき)と言われる。当然、スマホをいじるなど言語道断だ。電源を切り、カバンの中へ深くしまう。
この果てしなく長い沈黙の時間をどう過ごすか。親は持参した文庫本などを静かに読み、子どもには音の出ない遊びをさせるのが鉄則だ。我が家は、お絵描きができるスケッチブックや、あやとり、折り紙、そして読み慣れた絵本を何冊もカバンに忍ばせていた。
やがて、張り詰めた空気の中、先生の凛とした声が響く。
「受験番号〇〇番から〇〇番までの方」
自分の番号が呼ばれたら、「はい!」と大きな声で返事をし、親の手を離れて先生の指示に従って列に並ぶ。それが、6歳の子どもに課せられた最初のミッションだ。
名前を呼ばれた娘は、私の手を力強く握り返した後、パッと離した。 親にできるのは、ただ静かに微笑んで送り出すことだけ。「いってきます!」と笑顔で試験会場の奥へと消えていく小さな背中を、私は祈るような気持ちで見送った。
「時間が足りなかった」と俯く娘、暴落する感情
しかし、数時間後に試験を終えて出てきた娘の表情に、朝の輝きはなかった。
「……時間が、足りなかった」 ポツリと、娘は俯きながらそうこぼした。
小学校受験において、試験直後の子どもに「どんな問題が出たの?」「全部できた?」と根掘り葉掘り聞くのは、親として絶対にやってはいけない「タブー」とされている。過度なプレッシャーで子どもを追い詰めないための配慮だ。 試験内容のヒアリングはプロである幼児教室に任せるのが暗黙のルールであり、後日、子どもが教室で先生に「聞き取り」をしてもらうと、ご褒美として図書カードがもらえるシステムになっているほどだ。
だから私は、「そっか、よく頑張ったね」とだけ言って、娘の小さな肩を抱きしめた。
実際、うまくできたのかできなかったのか、合否が出るまでは誰にもわからない。 小学校受験のペーパーは特殊で、1問の配点も非公開。子ども自身が「できなかった」と思っていても、実は合格ラインに達していることは多々ある。
しかし、当の本人にとっては違った。 「完璧にできなかった」という事実だけが、6歳の小さな胸の中で、黒いインクのようにじわじわと広がり始めていたのだ。
日を追うごとに、娘はみるみる荒れていった。 ある学校の試験の帰り道。極度の緊張から解放された娘は、突然「アイス買って!」とわがままを言い出した。 周囲には、同じように紺色の服を着た他の受験生親子が何組も歩いている。あんな風に駄々をこねている子など一人もいない。
「あとでね。お家に帰ってからにしようね」 私が優しく、しかし毅然と諭した瞬間だった。
「ママは、私の気持ちなんかわからない!!」
娘は道端にしゃがみ込み、大声で泣きじゃくり始めた。
「こんなに頑張ったのに! どうして買ってくれないの!!」
私は周囲の目を気にしながらも、激しいショックを受けて立ち尽くした。 これまで、どれほど厳しい直前講習でも、愚痴一つこぼさず健気に頑張ってきたのだ。大人から見れば「たかがアイス」という些細なこと。だが、連日のプレッシャーと「うまくできなかったかもしれない」という自分への苛立ちが限界を超え、「アイス」というトリガーを引いたことで一気に決壊してしまったのだ。
どうしていいかわからず、私もすっかり参ってしまっていた。
張り詰めた糸が切れそうになり、私は友人に連絡をとって相談した。彼もまた、厳しい受験戦争を勝ち抜いてきたであろう当事者だ。
彼は私の話を静かに聞いた後、こう言ってくれた。
「ちょる子さん、それはすごいことだよ。うまくいくことも、失敗して悔しい思いをすることも、その年齢で経験できること自体が、とてつもなく素晴らしいことなんだよ」
そして、こう付け加えた。
「それにね、女の子は男の子よりも、社会に出てから強制的に『競争』させられたり、何かを成し遂げなきゃいけないタイミングが少ない傾向があるからね。今のその悔しさは、絶対に彼女の人生の糧になる」
投資家として、私はハッとした。 私たちが教育に投資して得られるものは「良い学校に合格する」ことだけではない。
極限のプレッシャーに向き合い、挫折を味わい、自分の感情をコントロールしようともがく。そのプロセスで得られる「人間力」もまた、非金銭的なリターンなのだ。