「wakatte.tv」批判で話題の九大教授「地域や家庭の経済力に左右される一般入試を絶対視すべきではない」生成AI時代のキャリアに学歴は必要なのか
従来型のペーパーテスト一発勝負の一般入試ではなく、女子枠の導入や、学校推薦型選抜の割合の増加など、日本の大学受験環境は急変している。
他方、ネットメディアの世界に目を向ければ、一般入試による大学受験の成否を土台とした「学歴」をエンタメとして露骨に消費するコンテンツが若年層に浸透し、新たな分断を生み出しているという。
「Fラン大」などという言葉で若者を恐怖で縛り付ける現代の能力主義(メリトクラシー)は、社会に何をもたらしているのか。YouTube番組「wakatte.tv」を痛烈に批判し、学歴差別に基づいた言説を批判する運動を展開している九州大学大学院法学部の岡﨑晴輝教授に、暴走する学歴社会の病理と大学改革の最前線について聞いた。短期連載全3回の第3回。
(聞き手:受験評論家・伊藤滉一郎、みんかぶマガジン編集長・江口匠)
みんかぶプレミアム特集「学歴社会の功罪 AI時代に学歴は無意味なのか」第5回
「学歴格差」と「学歴差別」の混同、そして根拠なき「私文見下し」
江口:「wakatte.tv」の言説などに代表される「学歴厨」の価値観では、「私立は国立よりも下」「文系は理系よりも下」とされ、ネット上では「『私文』はバカ」などと揶揄される風潮があります。先生はこの現状をどう見られていますか。
岡﨑教授:非常に憂慮しています。まず大前提として、「学歴侮辱」「学歴差別」「学歴格差」を明確に区別しなければなりません。学士や修士といった教育コストに基づく年収の相違などは正当化しうる「学歴格差」ですが、出身校の名前だけで判断する学歴フィルターなどは正当化できない「学歴差別」です。いかなる理由でも正当化できない「学歴侮辱」をエンタメ化しているのが彼らの番組です。
その上で、私立・国立、文系・理系に上下関係は一切ありません。特に文系では、学部学科の教員数が多く、充実した教育と研究がなされている私立大学が少なくありません。若くして国立大学から大手私立大学に移籍する教員も多数います。文理融合の学部も増えている現代において、国立信仰や理系信仰には何の根拠もないのです。文系人材の余剰と理系人材の不足が予想されているのは事実ですが、それは就職における需要の問題であり、学問や人間の上下関係ではありません。
暴論「第一志望いない説」が奪うものと、自己決定の尊重
江口:「wakatte.tv」では、「〇〇大学を第一志望にしている人は一人もいない説」などと特定の大学を下げる暴論も展開されています。第一志望で頑張る受験生や親にとって非常に不愉快な企画です。
岡﨑教授:東大のように第一志望者が圧倒的に多い大学もあるでしょうが、日本中のほとんどの大学は、第一志望以外で入学してくる学生を多く抱えています。だからといって、彼らの自尊心を傷つけ、意欲を削ぐようなことを他人が口にするべきではありません。
仮に第一志望でなかったとしても、その大学や学部を志望していたからこそ受験し、合格し、入学したわけです。いわば「ご縁」があったのです。そこで新たな一歩を踏み出し、頑張ろうとしている若者に向かって「第一志望じゃないだろう」と冷や水を浴びせるのは余計なお世話であり、百害あって一利なしです。
大切なのは、適切な情報を与えた上で、子ども本人の自己決定を尊重することです。親が強制して「学歴厨」や「毒親」になり、結果として子どもが勉強に集中できなくなったり、大学入学後に燃え尽きて勉強しなくなったりするのが一番いけません。
一般入試の成否は地域や家庭の経済力に左右されるため、絶対視すべきではない
伊藤:首都圏では「学部受験でストレートに良いところへ」という親の熱意から中学受験が過熱し、事実上の「親を含めた家庭同士の戦い」になっています。本質的な不公平さを是正し、より公正な大学入試を実現するためのアイデアはありますか。
岡﨑教授:現在の一般入試は、生徒の能力の一部しか測定できず、地域や家庭の経済力に大きく左右されるため、ある意味でアンフェアで不完全なシステムです。この欠陥を持つ一般入試を絶対視すべきではありません。
改革の方向性としては、第一に「学校推薦型選抜」や「総合型選抜」の拡大です。高校で真面目に勉学に取り組み、志望理由が明確な生徒は、大学入学後に大きく伸びます。国立大学でもこうした選抜をもっと増やすべきです。
第二に、残る「一般選抜」において、中高一貫校や塾に通うことが有利にならない工夫をすることです。たとえば、共通テストを緩やかな「足切り」に留め、二次試験で「授業理解度確認試験」を導入するのはどうでしょう。50分ほどの大学の講義を実際に聞き、その内容がどれくらい理解できているかを確認するテストです。これなら塾での事前準備や詰め込み暗記は通用せず、純粋な学部への適性や学ぶ意欲を見極めることができます。偏差値至上主義からの脱却は、こうした入試制度の多様化から進めていくべきだと考えています。
生成AI時代に崩壊する「良い学校歴」の価値。これからの時代、本当に学歴に意味はあるのか
伊藤:しかし、「より偏差値の高い大学へ行けば将来の可能性が広がる」という親の思いは非常に強いです。就職氷河期を経験した現在の保護者にとって、良い「学校歴」は我が子を守る武器であり、それがwakatte.tvのような番組を受容する精神的土壌になってしまったのではないでしょうか。
岡﨑教授:おっしゃる通り、就職の際に学歴フィルターが存在してきた日本社会において、保護者の方々が学歴に対して強い思いを抱くのは理解できます。しかし、それが過剰反応になっていないか、一度立ち止まって考えてみてください。
最も重要な環境変化は、生成AIの急速な普及です。これにより「有名大学を卒業して大企業のホワイトカラーになる」という従来の勝ち組キャリアは、今後大幅に縮小することが予想されます。「良い学校歴」だけでどうにかなる時代ではなくなりつつあるのです。
これからの高校生には、単なる偏差値ではなく「この大学の〇〇学部でこんな学問を学び、こういう職業に就きたい」という具体的なモチベーションを持ってほしい。その意味では、「wakatte.tv」のような番組ではなく、NHKなどが各学部で何を学べるのかを真面目に発信する番組を制作すべきですし、各大学も情報発信を強化していく必要があります。