AIPS「今世紀最高のアスリート」羽生結弦ふたたび…「何を為したか」「何を変えたか」「何を圧倒したか」論考(1)
偉人とされるに十分な役割
偉人とは明確な役割を果たした人です。
私はかつて「記録の人」「記憶の人」「結果の人」と書きましたが、この先の「何を為したか」「何を変えたか」「何を圧倒したか」を今回は改めて提唱します。
今回は肩の力を抜こうと思います。難しい話ではないのです。「記録の人」「記憶の人」「結果の人」というのはあくまでスポーツであるなら競技に付随するものですが、今回の「何を為したか」「何を変えたか」「何を圧倒したか」は社会に、歴史に普遍的に付随するものです。非常にわかりやすい。
多くは時を経て目には見えなくなるものですが、それでも社会を変え、歴史の中にしっかりと根付いた「意義」となります。私たちの中にも、しっかりと根づいています。
これを為した人を「偉人」と呼びます。これら「記録の人」「記憶の人」「結果の人」「何を為したか」「何を変えたか」「何を圧倒したか」のすべてはもちろん、この中のひとつであっても偉人とされるに十分な役割です。それができる人はほぼいない。
もちろん、羽生結弦はその中の一人です。
最高のアスリートたち
その羽生結弦が男女20人選ばれたのがそう、もう何度も書いてきましたが2024年8月7日、AIPSパリ本部で発表された「100年間における最高のアスリート男女20人」です。
国際スポーツプレス協会(以下、AIPS)100周年記念式典における「今世紀最高のアスリート」選出については繰り返しになってしまいますが、これはもう何度書いてもよろしいでしょう。
羽生結弦がフィギュアスケートのみならず日本人、冬季種目、アジアで唯一選ばれたこと、それを比較史としてモハメド・アリ、ウサイン・ボルト、マイケル・ジョーダン、ペレ、ロジャー・フェデラー、マイケル・フェルプス、ディエゴ・マラドーナ、フランツ・ベッケンバウアー、ジネディーヌ・ジダンと書いてきました。とくにモハメド・アリとウサイン・ボルト、マイケル・ジョーダンはそれぞれに大きく取り上げました。
比較史としての羽生結弦
そこで今回は女子について触れたいと思うのです。ナワル・エル・ムータワキル、フランシナ・ブランカース=クン、そしてナディア・コマネチの三人に冒頭の「何を為したか」「何を変えたか」「何を圧倒したか」を書いていこうというわけですが、これらもまた、比較史としての羽生結弦と共通したものです。これは本当に凄いことなのです。
しかし羽生結弦と共にある人々からすれば当然なのですが、そうでない人もいるので困ったものです。いい加減にこの「凄いこと」を理解していただきたいと思う面が多々あるのですが、まあ全員は無理。それでも、書き残すことに意味があると思っています。
これまでムータワキル、クン夫人については少し触れてはいるのですが、コマネチは本当に少しだけでした。これは楽しみです。
かつての旧東側の五輪メダリストの女子体操選手、オルガ・コルブト(金4・銀2)、ネリー・キム(金5・銀1)、リュドミラ・ツリシチェワ(金4・銀3、銅2)、ナタリア・シャポシュニコワ(五輪、金2・銅2)といったコマネチと同じ時代の旧ソ連の女子選手やマキシ・グナウク(金1・銀1、銅2)、カリン・ヤンツ(金2・銀3、銅2)、シュテフィ・クレーカー(銀1、銅3)といった東ドイツの女子選手たちがしのぎを削った1970年前後から80年代初頭にかけての話です。
もちろん私はリアルタイムで観ていません。このあとの1984年ロスのエカテリーナ・サボー(金4・銀1)くらいがギリかな。コマネチの次のルーマニアのスター選手でした。
同じルーマニアの女子だとダニエラ・シリバス、アウレリア・ドブレ、ガブリエラ・ポトラック、カメリア・ボイネアあたりはソウル五輪なので覚えている方もあるかもしれません。
そして、あのカタリナ・ヴィット同様みな、冷戦と共産主義の犠牲者でもある悲しき「時代の子」でもあるのですが、これはのちほど。