“堅実な成長”追求 マネージドグロース型スタートアップから目が離せない理由 会員制サウナ付き宿泊施設のアグニス

プロフィール

村上茂久
株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社フェロー、iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。大学院の経済学研究科を修了後、新生銀行で証券化、不良債権投資、不動産投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事。2018年より、GOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業開発、起業支援、スタートアップファイナンス支援業務等を手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に「決算書ナゾトキトレーニング 7つのストーリーで学ぶファイナンス入門」「一歩先の企業・株価分析ができる マンガでわかる 決算書ナゾトキトレーニング」(PHP研究所)がある。
村上茂久のスタートアップ投資術-新世代アップルの見つけ方-(6)
スタートアップ企業(ベンチャー企業)の市場は年々成長し、2021年に資金調達額が7801億円(1919社)を記録するなど、近年、日本でも盛り上がりを見せています。
本連載では、株式投資型クラウドファンディングのプラットフォームである「FUNDINNO」を通じて資金調達を行った企業を毎回取り上げ、スタートアップ企業のビジネスモデルや成長戦略について、これまで、数多くのスタートアップ企業の資金調達支援を行ってきた株式会社ファインディールズ代表取締役の村上茂久さんが考察します。
村上さんは「スタートアップ企業は情報が少ないものの、調達にあたり、投資家に刺さるポイントがある程度、形式知化されていることも分かってきた」と話します。
事業が成熟している上場企業とは異なるスタートアップ企業を分析する際、どのような視点が必要とされるのでしょうか。
今回は、これまでベンチャーキャピタル(VC)やエンジェル投資家から出資は受けず、FUNDINNOを通じて初めて、エクイティを調達した会員制プライベートサウナ付き宿泊施設「ARCH(アーチ)」を運営する株式会社アグニスを取り上げ、「マネージドグロース型」のスタートアップの特徴を解説します。
VCやエンジェルから調達をせず、着実な成長を目指す「ARCH」
今回取り上げるのは、昨今のサウナブームを追い風に、起業家や経営者を中心とした顧客層をターゲットとして、完全貸切型の会員制プライベートサウナ付き宿泊施設を運営する株式会社アグニスです。
アグニスは2017年に創業し、民泊を中心とした宿泊施設、マンスリーマンション、レンタルスペースなどを運営していましたが、新型コロナの影響もあり、事業は完全貸切型の会員制プライベートサウナ付き宿泊施設「ARCH」へと転換しました。

ここで注目したいのが、資金調達方法についてです。過去の連載において取り上げたスタートアップ企業の多くはクラウドファンディングを始める前に、VC、事業会社、エンジェル投資家から、すでに調達をしていました。
一方、アグニスはこれまで、VCやエンジェルからのエクイティでの調達は行っていません。行ったことは、クラウドファンディングサイトであるMakuakeからの約1600万円の調達と、FUNDINNOからの1143万円の調達になります。
また、開示はされていませんが、おそらく、金融機関からの借入も行っている可能性は高そうです。他にも、事業多角化のロードマップにも書かれているように、事業再構築補助金を通じての調達も行っています。

アグレッシブグロースとマネージドグロース
資金調達には、大別するとデット(負債)での調達とエクイティ(資本)での調達の2種類があります。お金の出し手から見れば、前者はローリスク・ローリターンであり、代表的なものとしては、金融機関からの融資が挙げられます。
他方、後者はハイリスク・ハイリターンであり、代表的なものとしては、株式での出資になります。スタートアップの世界では、VCやエンジェル投資家がこのようなハイリスク・ハイリターンの出資を行います。
初期のスタートアップ企業はリスクが高いため、デットの活用は限定的になりがちで、どうしてもエクイティでの調達に頼らざるを得ません。というのも、スタートアップ企業の事業はそれだけ不確実性が高く、第1回の記事でも解説したように、プロダクトマーケットフィットを達成するまでは仮説検証を繰り返して、大きく赤字を掘ることが必要なためです。
その分、うまく行った時には大きな成長が期待できます。これがまさにアグレッシブグロースです。
ただし、スタートアップ企業といえども、大きく赤字を掘って成長する企業ばかりではありません。大きく赤字を掘って成長するのではなく、着実に事業の検証を進めながら成長するのが、マネージドグロースです。
アグレッシブグロースとマネージドグロースの違いをまとめると、下の表のようになります。

もちろん、実際には、マネージドグロースとアグレッシブグロースの間にはグラデーションが存在し、一概にどちらであるのかを決めるのは簡単ではないこともあります。とはいえ、VCから資金を調達するということは、それだけ高い成長を求められるということでもあるので、必然的にアグレッシブグロース的な成長や戦略を求められるのも事実です。
かたや、マネージドグロースの場合は、VCのようなリスクマネーを調達する必要は必ずしもなく、着実に成長するという経営スタイルを保つことができます。
「ARCH」の今後の展開
では、今回取り上げているアグニスの「ARCH」は今後、どのような展開を想定しているのでしょうか。
下のグラフは「ARCH」の今後のサウナ施設数推移の見通しです。年3~5施設増やしていくことで、2029年までに23施設の展開を見込んでいます。

仮にVC等から多額の資金を調達した場合、チェーン店化をし、もっと一気に施設数を増やすという戦略も検討できそうです。これがまさにアグレッシブグロース型です。しかしながら、アグニスの場合はこのような戦略は取らずに着実に成長を重ねていくマネージドグロースの経営方針といえます。その理由の一つは、以下にある「ARCH」の差別化ポイントとも関係していると考えられます。

すなわち、差別化ポイントの事業戦略からも見て取れるように、アグレッシブグロース的に急激な成長を目指すよりも、クローズドな会員制や独自のカルチャーを重視した着実な成長を通じて、ブランディングを強化していくことに軸足を置いているということです。このように、マネージドグロースだからこそできる成長戦略もあることがわかります。
着実に成長していくマネージドグロース型スタートアップ企業
今回は会員制のプライベートサウナ付き宿泊施設「ARCH」を運営する株式会社アグニスを事例に取り上げ、マネージドグロース型のスタートアップ企業の特徴を見てきました。
これまでは、注目されるスタートアップ企業といえば、メルカリ <4385> [東証P]のようにVCから多額のマネーを調達して、赤字を掘りながらも広告宣伝費を投下して積極的に顧客を獲得し、急激な成長を遂げるというアグレッシブグロース型が多い傾向にありました。
しかしながら、スタートアップ企業にはアグレッシブグロース型だけではなく、今回取り上げたアグニスのように、必ずしもVCからのリスクマネーを多く活用するのではなく、着実な成長を志向するマネージドグロース型の企業も存在します。
これまで、マネージドグロース型のスタートアップ企業をなかなか目にする機会がなかったのは、マネージドグロース型はアグレッシブグロース型のように、インパクトのある多額の資金調達のリリースや、多くの広告宣伝費を通じたメディア戦略をそれほど使えなかったことが理由の一つとして考えられます。
一方で、近年ではクラウドファンディングの発展もあり、マネージドグロース型スタートアップ企業の資金調達手段が増えるとともに、今まで以上に露出機会が増えるようになっています。
考えてみれば、飲食店の日高屋を運営するハイデイ日高 <7611> [東証P]やCoCo壱番屋の壱番屋 <7630> [東証P]、リラクゼーションスタジオ「Re.Ra.Ku」を運営するメディロムグループも、アグレッシブグロースというよりはマネージドグロース型で成長してきたと言えます。
「ARCH」を運営するアグニスなど、着実に成長を重ねていくマネージドグロース型のスタートアップ企業にもぜひ、注目してみてください。