クマ被害2025年は13人死去、9700頭超を駆除「400社がクマ出没で直接的影響」…ヒグマは病原体だらけ「農業・観光地大打撃」経済防衛としての駆逐

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 2025年、日本人はクマと闘った。環境省によると2025年、クマ被害により13人が亡くなった。これは2023年の倍以上の数だ。一方で全国のクマの駆除数は4~10月末時点で9765頭(速報値)で、統計を始めた2006年度以降で最多となった。東京商工リサーチによると、企業の6.5パーセント、数にして414社が、クマ出没による直接的な影響を受けていると回答した。クマvs日本人は今後どうなるのか。経済にどんな影響を及ぼしていくのか。人喰いヒグマの残酷事件簿 』(みんかぶマガジン新書)の著者である作家の小倉健一氏が解説するーー。

目次

414社が、クマ出没による直接的な影響を受けていると回答

 冬の気配が色濃くなった北日本の山間部で、奇妙な静寂が広がっている。例年であれば、雪遊びやスキー客の歓声、あるいは冬支度を急ぐ人々の生活音で満たされるはずの場所だ。しかし、今冬、そこにあるのは張り詰めた緊張感だけだ。立ち入り禁止の黄色いテープ、閉鎖されたキャンプ場、そして無人の公園。これらはすべて、あるひとつの巨大な生き物への警戒が作り出した景色だ。

 2025年の日本列島を震撼させたのは、震災でも疫病でもない。かつては物語の中の住人、あるいは動物園の檻の中にいる存在だと思われていた「クマ」である。

 12月に入り、具体的な数字が経済界に衝撃を与えた。信用調査会社である東京商工リサーチが12月11日に発表した「クマ出没と企業活動への影響」に関する調査結果だ。調査は12月1日から8日にかけてインターネット上で実施され、全国6309社から有効回答を得た大規模なものである。

 データは、事態がもはや一過性の騒動ではないことを示している。企業の6.5パーセント、数にして414社が、クマ出没による直接的な影響を受けていると回答した。地域別に見ると、東北地方では28.9パーセント、実に約3割の企業が悲鳴を上げている。業種別では宿泊業への打撃が深刻で、39.1パーセントが「影響あり」と答えた。

 驚くべき数字だ。観光客が減るだけではない。物流が滞り、従業員が出勤を恐れ、工場の稼働計画に狂いが生じる事態となれば、立派な「経済危機」である。農作物の被害は言うに及ばず、地域経済の基盤自体が揺らいでいる。クマ対策グッズを手掛ける一部の企業の株価が上がったという話は、皮肉な随伴現象に過ぎない。

日本経済は見得ないコストで巨額の損失を被っている

 全体として見れば、日本経済は「野性」という計上されていないコストによって、巨額の損失を被っている状態だ。

 なぜ、これほどまでに被害が拡大したのか。そしてなぜ、我々は断固たる措置をとらねばならないのか。

 多くの報道は、物理的な「襲撃」の恐怖ばかりを強調する。だが、経済防衛の観点から見落としてはならない、もう一つのリスクがある。それは「生物学的汚染」だ。クマは単なる獰猛な獣ではない。人間社会に病原体を持ち込む可能性のある媒介者なのである。ここで、最新の学術的な知見を借りたい。北海道大学の研究チームが発表した論文(※)を参照することで、今年起きた問題の本質と、我々がとるべき解決策が浮かび上がってくる。

 「北海道のヒグマ個体数は過去30年間で増加しており、現在では都市近郊に生息域を持つ『アーバン・ベア(都市型クマ)』が出現し、人間との間に深刻な軋轢を生んでいる。ヒグマは広大な行動圏を持つため、広範囲にわたって細菌や寄生虫などの病原体を運搬する可能性がある。実際、クマはいくつかの寄生虫病の保菌動物(リザーバー)や媒介者として重要な役割を果たしている。

中には人獣共通感染症の潜在的要因となるもの

 本研究では知床半島で収集された334個の糞便サンプルのうち、50.3%から寄生虫卵が検出された。検出された寄生虫の中には、人獣共通感染症の原因となりうる回虫(Baylisascaris transfuga)や日本海裂頭条虫が含まれており、都市化によって人間と野生動物の接近が進むにつれ、これらの寄生虫病のリスクは高まると予想される。野生動物における寄生虫の情報を収集し、そのリスクを理解することは、公衆衛生にとって極めて重要である。」

(引用は論文の導入部と要約部を基に再構成。原文では、寄生虫検出率50.3%、B. transfugaの潜在的zoonotic性、D. nihonkaiensisの人感染リスク、都市化の影響を指摘。)

この研究結果は、私たちの社会に科学的事実を突きつけている。

 人間社会が直面しているのは、単にお腹を空かせた動物ではない。寄生虫を保有し、人間に感染症のリスクをもたらす可能性のある野生動物だ。論文にある通り、ヒグマの糞便からは寄生虫が検出されており、中には人獣共通感染症の潜在的要因となるものも含まれる。

民間の経済活動に「クマ被害」という形で損失を押し付けている

 かつて山奥にいたこれら寄生虫のキャリアが、今や「アーバン・ベア」として住宅街や公園、通学路に現れているのだ。物理的な被害だけでなく、衛生面においても、適切な管理が求められる。

 経済活動において、効率性の追求は正義だ。無駄を省き、利益を最大化することこそが企業の使命である。衛生管理もその一部だ。飲食店にネズミが出れば駆除する。ゴキブリが出れば消毒する。それは「かわいそう」だからといって見逃されることはない。なぜなら、それらが病原体を媒介し、顧客と従業員の健康を害し、ビジネスを破綻させるリスクがあるからだ。

 では、体重数百キロのクマはどうだ。彼らもまた、人間社会に潜在的な衛生リスクをもたらす可能性がある。行政が「保護」や「共生」を検討する際には、科学的データに基づいたバランスの取れた対応が必要だ。行政の不作為がボトルネックとなり、民間の経済活動に「クマ被害」という形で損失を押し付けているのが現状だ。

「かわいそう」という感情論は、クマの持つ潜在的リスクに対して考慮すべき点だが、経済活動と公衆衛生を守るためには、科学的事実に基づいた効率的な解決策が必要である。一度学習したクマは人里へ頻繁に降りてくる可能性があり、それは接触機会の増加を意味する。治安と公衆衛生、そして経済を守るためには、専門機関による個体管理、すなわち必要に応じた駆除が有効な選択肢の一つである。

経済指標には表れない「安全」と「衛生」というインフラ

 専門家たちは、経済指標には表れない「安全」と「衛生」というインフラを支えている。道路や水道と同じく、人間の生命活動の根幹を支える仕事だ。献身がなければ、東北の物流は止まり、北海道の観光地は深刻な影響を受けていただろう。彼らは、行政機構を補完し、経済を守る重要な存在だ。

 人間社会の論理、つまり法律や科学的知見が通用しない相手が、すぐ隣にいる可能性がある。事実を再認識した上で、とるべき道は一つしかない。生活圏に侵入した野生動物は、即座に専門的な管理対象とするという明確なルールの確立だ。論文が示唆するように、都市化が進む現代において、人間と野生動物の距離は縮まる一方だ。だからこそ、境界線を越えた場合の対応は、迅速かつ科学的でなければならない。適切な管理を怠れば、被害は拡大し、感染症リスクも増大する可能性がある。

「脅威」を管理しなければ、ビジネスがいかに脆弱であるか

 今、企業活動への影響が深刻化しているのは、経済が自然から切り離された「真空」の中で営まれているという錯覚が崩れたからに他ならない。工場も、店舗も、すべては自然環境という土台の上に置かれている。土台に潜在的なリスクがあれば、上部構造である経済活動に影響するのは道理だ。東京商工リサーチのデータが示す「宿泊業の4割が被害」という現実は、自然環境というインフラから「脅威」を管理しなければ、ビジネスがいかに脆弱であるかを証明しているのだ。

(※)

論文名:Patterns of intestinal parasite prevalence in brown bears (Ursus arctos) revealed by a 3-year survey on the Shiretoko Peninsula, Hokkaido, Japan(北海道知床半島のヒグマにおける消化管内寄生虫の保有状況)  

著者名:Mizuki Moriyoshi, Naoki Hayashi, Nariaki Nonaka, Ryo Nakao, Masami Yamanaka, Toshio Tsubota, Michito Shimozuru(北海道大学 獣医学研究院 野生動物学教室 他)  

発表年:2025年

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