東大医学部在学中インフルエンサーが明かす「東大卒」が証明する2つの能力…「失敗を許さない国」を生き抜くための最強の防具の正体
「学歴なんて社会に出たら関係ない、実力主義の時代だ」――そんな世間の綺麗事を軽やかに一蹴し、日本社会の根底に流れる「序列」のリアルを冷徹に見据える人物がいる。東京大学理科一類を卒業後、外資系企業でエンジニアとして働き、現在は再受験を経て東京大学医学部に在学中のインフルエンサー、Saki氏だ。
同氏は、理不尽な学歴社会をただ嘆くのではなく、そのルールをハックし、自分の人生を有利に進めるための「防具」として使い倒す戦略を提唱している。
本稿では、全3回にわたりSaki氏のキャリア論を再構成して徹底解説。第1回となる今回は、日本における「学歴」の正体と、企業がなぜ高学歴を求めるのかという「シグナリング効果」、そして実力者すら学歴で叩かれる日本独自の病理について余すところなく語っていただいた。
みんかぶプレミアム特集「学歴社会の功罪 AI時代に学歴は無意味なのか」第6回
日本の「学歴」とは、18歳時点のペーパーテストの集大成に過ぎない
最近、SNSやメディアで「学歴の価値」や「学歴フィルター」についての議論が盛んに交わされていますよね。日本社会における「学歴」とは一体何なのか。僕自身、東大に入り、一度社会に出てからまた東大医学部に入り直した人間として、このテーマには非常に強い関心を持っています。
結論から言うと、日本における「学歴」というのは、結局のところ「18歳(浪人を含めればその前後)時点でのペーパーテストの成績」の集大成なんです。大学に入ってからどんな研究をして何を学んだかではなく、「どこの大学のどの学部に入学する能力があったか」という、出口ではなく入口のパスポートとして機能しているのが紛れもない現実です。
本来であれば、東京大学の法学部と、九州大学の理系学部など、全く異なる学問領域を単純な「偏差値の上下」で比較して優劣をつけること自体がナンセンスですよね。それぞれ学ぶ内容も、将来進むべきキャリアも違うわけですから。 しかし、現実問題として、日本の教育システムや社会の中には明確な「序列」が存在してしまっています。高校生が自分の進路を決める時も、親が子供に教育を受けさせる時も、「少しでも偏差値が高く、序列の上の大学へ」と目指すのが一般的です。なぜなら、その序列の上に行けば行くほど、社会に出た時の選択肢が圧倒的に広がることを、みんな無意識のうちに分かっているからです。
実力者すら“18歳の偏差値”で叩かれる日本社会の異常性
ただ、この学歴というシステムには、日本社会の歪みが凝縮された非常にダークで「罪深い側面」も存在します。学歴が人間の能力を測る上で「ものすごく分かりやすい単一の指標(物差し)」として機能してしまうがゆえに、それを持っている人間が、持っていない人間を簡単に見下し、バカにできてしまうのです。昨今問題になっている「学歴マウント」などはその最たる例です。
さらに異常なのは、この呪縛が社会に出てからも一生ついて回ることです。 世の中には、学歴というレールに乗らなくても、起業して数十億の企業を作った人や、YouTuberとして大成功している人、あるいは叩き上げでトップに登り詰めた政治家など、実力で道を切り拓いた素晴らしい人たちがたくさんいます。 しかし、日本のネット社会では、そうした圧倒的な実力者たちに対してすら「でもあいつは低学歴だから」「結局、〇〇大卒の知能しかない」と、学歴を盾にして批判する声が必ず湧き起こります。