AIPS「今世紀最高のアスリート」羽生結弦ふたたび…「何を為したか」「何を変えたか」「何を圧倒したか」論考(3)
わずか17秒間の演技
羽生結弦の国際スポーツプレス協会(以下、AIPS)100周年記念式典における「今世紀最高のアスリート」選出。
フィギュアスケートのみならず日本人、冬季種目、アジアで唯一選ばれたわけですが、私的にはその20人の中でもナディア・コマネチが比較史として、芸術点のある競技として羽生結弦ともっとも近い存在に思います。その確かな演技、そして、美しさも。
また、今回の主題でもある偉人としての定義――「記憶の人」「記録の人」「結果の人」の先にある「何を為したか」「何を変えたか」「何を圧倒したか」という社会的な意義についてもまた近似性を見るのです。
コマネチが何者かを語るのも野暮かもしれませんが、東西冷戦下のルーマニア代表として14歳で1976モントリオール五輪に出場、伝説の10点満点を出した「白い妖精」です。
妖精ーーそう、コマネチはもはや人では足りない、というほどの称賛だったのです。
2026年7月のIOCのインタビューでコマネチ本人も語る通り「あの17秒間の歴史が、今の私の人生をつくりました」という10点満点。それまで体操で10点満点を五輪で出した人はいなかったのですね。コマネチが初めて10点を出したものだから「1.0」と10点を想定していない電光表示板の表記になってしまったほどです。それも、7回も。 ※1
大会初の10点満点
後年、コマネチは日本で芸人のネタにされてしまったがためか、それ以前の「コマネチ・フィーバー」ともいえる日本での純粋な人気ではなくおかしな知名度になってしまった感があります。
しかし当時、それこそあらゆる雑誌でコマネチの写真特集が組まれるほどの人気でした。これもまた羽生結弦と同じですね。
私の手元にも『コマネチのすべて』(中日新聞社)という写真集があったりするのですが1976年ということで私は4歳。当然ながら先にも書いた通りコマネチをリアルでは知りません。その巻末に「日本の5日間・・ようこそコマネチ」とあるように中日カップに来たのを記念した写真集のようですが、みな日本人はコマネチ見たさ、10点満点のコマネチを期待したようです。もちろんその期待通り、コマネチは日本の大会初の10点を出しました。
また『白い妖精 ナディア・コマネチ』という写真集(ベースボール・マガジン社)もありますが、これは1978年で五輪後のものですが、その巻頭にはこうあります。
〈まず最初にナディア・コマネチ君に心より御祝いを申し上げたいと思います。この少女は、また、社会主義国の若者たちが、他の分野に劣らずスポーツの世界においても、このような成功を収めることができることを知ら示めてくれました 1976年8月19日 ニコラス・チャウシェスク大統領〉※2(原文ママ)
時代の被害者
ルーマニアの独裁者チャウシェスク、コマネチの陰の部分です。
まさかこの23年後に夫婦ともども国民によって公開処刑されるとは本人も思っていなかったでしょうが、たびたび触れるカタリナ・ヴィットと東ドイツの独裁者エーリッヒ・ホーネッカーの関係やソ連女子フィギュアスケート初のメダリストでコンパルソリーの女王、キラ・イワノワの悲劇と同様、コマネチにも非人道的な共産党およびその指導者による独裁国家という負の面がありました。
ちなみにフィギュアスケートだとルーマニアには当時ベアトリス・フシュティウ(フスティウとも)というルーマニア最年少、これまた11歳で1968グルノーブルに出場した少女がいましたが、ルーマニアは冬スポーツにそれほど力を入れていませんでした。もちろん彼女もまたこの時代の被害者です(後述)。
もちろん彼女たちに罪はありません。10代の少女になにができましょうか。そういう時代だった、そういうことです。実際、日本のそうした雑誌である当時の「社会主義」という雑誌を読むと『日本にコマネチ嬢は生まれるだろうか』と題してこう書いてあります。