「普通からしたら、全然良くない就活」大学4年6月開始のコスメティック田中、44社応募の記録と当時の選考管理表を公開
YouTubeチャンネル登録者55万人を抱えるコスメティック田中氏。陰キャを自認し、対人関係や社会への違和感を独自の視点で発信してきた同氏だが、就活も決して王道とは言えないものだった。
千葉大学工学部に在籍していた同氏が就活を始めたのは学部4年の6月だった。周囲から就活情報が自然に入ってくる環境でもなかったという田中氏は、出遅れた状態からどのように企業を探し、選考を進めていったのか。
本稿では、「普通からしたら、全然良くない就活だった」と振り返る田中氏に、ぼっち・陰キャは本当に就活で不利なのか、そして王道の就活ルートから外れた後に何が起きたのかを聞いた。全4回の第1回。
みんかぶマガジン連載「28卒就活 絶対第一志望企業に内定する!」
周囲は大学院へ、それでもコスメティック田中が理系の王道から外れた理由
——まずは田中さんがどんな学生生活を送っていたのか、当時の状況やプロフィールから伺えますか?
はい。僕は19卒で、千葉大学の工学部っていう理系の学部に通ってたんですけど、理系ってやっぱり、周りはみんな大学院に進学するのが当たり前、みたいな空気感だったんですよね。でも、なんか通ってるうちに、自分は研究職とか技術職をゴリゴリ突き詰めるタイプではないな、っていうのがちょっと違うかなって感じがしてきて。
それで大学院に行くのをやめて、公認会計士の資格を取ろうと思ったんです。理系っていう枠から外れて、もうちょっとジェネラルに働きたいな、みたいな感覚があって、勉強を始めました。
——理系から公認会計士というのは、かなり思い切った進路変更ですね。そこからどうして就活に切り替えることになったんでしょうか?
公認会計士の勉強をしてたら、普通の就活のスケジュールに全く間に合わなくなっちゃって。で、公認会計士の試験自体も、短答式試験っていう最初の関門みたいなのは合格したんですけど、なんか……いざ合格して次に進もうとした時に、「これ仕事にしてもなんか違うな」みたいな気持ちになってきて。
それで、じゃあ一旦就職すっか、みたいになったのが4年の6月ですね。フラフラしてると言えばそうなんですけど。
——思い切った決断ですね(笑)
まあ、周りから見たら「なんでそこでもったいないことをするんだ」って感じだったと思います。ただ、自分の中では検証して改善した、と言えばかっこいい言い方もできると思いますけど(笑)
でもやっぱり、普通の就活スケジュールからしたら完全に遅れたし、普通に考えて全然良くないルートに入ってたのは間違いないですね。
ぼっち就活で最初に失ったもの
——当時、周りの学生と就活の情報を共有したり、相談したりする機会はありましたか?
全然なかったですね。というか、そもそも大学に友達がいないので、就活仲間と情報交換するようなことも一切なくて。
普通に大学で友達と喋ってれば、インターン始まったよ、とか、エントリーの締め切りがいつだよ、とか、勝手に情報が耳に入ってくると思うんですけど。僕の場合はそういうのが本当に入ってこなかったので、その情報不足、スケジュール感を逃すっていう意味では、普通に不利だったなと思います。
——友達がおらず、大学の就職支援も頼らないとなると、世間一般の就活ノウハウやスケジュールからかなり取り残されていたのではないですか?
そうですね。なんか、Twitterの有名就活アカウントとかは見ていたんですが、それ以外は特に見てなかったですね。
OB・OG訪問も自分には人と関わるのが結構気遅れするというか、そんなコミュニティに自ら入っていく勇気もツテもなかったですしね。
——情報が周りから入ってこないことへの焦りはなかったですか?
うーん、まあ、自分で調べればある程度は分かることなので。ただ、今仕事で大学生の就職活動とかに関わることもあるんですけど、やっぱり当時の自分と比べても、みんな持っている情報量って、なんかそんなに変わんない感じはしてますね。
だから「ぼっちだから致命的な情報格差があって終わりだ」って過剰に怯える必要はなくて、意外とみんな、同じように狭い視野で手探りでやってるんだなというのは、今だからわかる安心感かもしれないです。
——OB・OG訪問をしない代わりに、企業の何を見て判断していたんでしょうか?
企業のIRとか口コミサイトは結構見ていましたね。
もちろんOB・OG訪問を否定するわけじゃないし、僕も本当に生まれ変わって就活するなら、今度はそういうのやって、どういう企業に行くのが自分にとって幸せなのか、とか考えたいです(笑)でも当時は、やっぱり人と関わるのが気遅れするのもあって、調べたり自分が持ってる情報でカバーしてましたね。