第二十八話「譲れぬ奪還」連載小説「奪われるースパイ天国・日本の敗戦ー」
スパイ防止法がないこの“天国”・日本で、知らない間に国が「奪われる」──。
表向きの歴史やニュースの裏側に潜む、冷酷な国際諜報戦と、個人の運命が国家間の巨大な陰謀に巻き込まれていく壮大な安全保障サスペンス小説、ここに爆誕。
舞台は、女性初の内閣総理大臣・高地きみえが熱狂的な支持を背景に「強い日本」を目指す日本。彼女は長年の懸案である日本人拉致被害者の奪還を決意し、極秘裏に北朝鮮の金正恩総書記との会談に臨む。しかし、その外交交渉の裏側では、すでに北朝鮮の体制に「影」が差し込み、巨大な隣国・中国の思惑が絡み合っていた。
第二十八話「譲れぬ奪還」
20××年5月、東京・永田町にある首相官邸は、重苦しい空気に包まれていた。高地きみえ首相は執務室のソファに座り、指を組み合わせて天井を見つめる。支持率は80%を超え、国民の熱狂的な支持が彼女の背中を押す。だが、それは同時に重いプレッシャーにもなっていた。「失敗は許されない」。高地は心の中で、その言葉を繰り返した。
北朝鮮による日本人拉致事件―。被害者の即時一括帰国は、高地の「公約」だった。長年、北朝鮮に拉致された日本人の行方は「闇」に包まれてきた。かつて大泉新太郎防衛大臣の父、大泉純太郎が首相時代に拉致被害者を奪還した。以降、何人もの内閣総理大臣が事態打開を探ったものの、具体的な情報や成果に結びついてはいない。高齢となった被害者家族の深い悲しみが高地の胸に響く。
高地は執務室のデスクから離れ、窓に近づいた。首相公邸の庭に生い茂る緑が自分の心のように揺れている。「やっぱり、行くしかないわ」。彼女は決断した。信頼を置く首相秘書官の生田雄三、森原聡官房長官、立崎実直官房副長官の3人に自らの考えを伝えた。生田や森原らは極秘裏に準備に入り、情報収集を始める。鮫島郁夫内閣官房参与は独自のパイプを北朝鮮と築いている。立崎はホテルの一室に鮫島を招き、昼食を食べながら向き合った。「総理が政治生命を賭けるならば、私も死ぬ気で首脳会談をセットしましょう」と鮫島は言った。鮫島の情報は各国の情報機関が得ている未公表の秘密情報ばかりだった。「あのオッサン、大したものですわ」。立崎は官邸に戻ると裏導線から首相執務室に向かい、高地を喜ばせた。