竹中平蔵「日本の年金は太っ腹すぎる」支給額の調整、開始の後ろ倒しは“当たり前”…高市政権19兆円経済対策は「極めて昭和的」

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  高市早苗政権による総合経済対策。その中身は巨額の財政出動だった。経済学者の竹中平蔵氏は「政府内のMMTに近しい考え方を持つ者がブレーンとなっている」と指摘している。そして「財政で金をばら撒いて需要をプッシュすれば、何が起きるか。モノやサービスの値段が上がるインフレだ」と警鐘を鳴らしている。竹中氏が解説する――。

目次

「ビッグプッシュ」政策とMMT的発想の陥り

 高市早苗政権が11月21日に閣議決定した総合経済対策。対策の財源の裏付けとなる2025年度補正予算案の一般会計歳出は17.7兆円で、石破茂前政権が策定した経済対策の規模(13.9兆円)を上回りました。減税の効果も含めると、21.3兆円の規模にもなる計算です。この巨額の財政出動の背景にはいわゆる「積極財政派」や、「MMT(現代貨幣理論)」に近い考えを持つ者が政府内におり、高市政権のブレーンとしても活動していることもあります。「国債をもっと刷っても大丈夫だ」「自国通貨建ての借金なら破綻しない」という論理です。

 確かに、「日本の財政破綻がすぐに起きる」と騒ぎ立てるような状況ではありません。日本の財政赤字は、ネット(純債務)で見れば言われているほど巨額ではなく、政府と日銀のバランスシートを統合して考えれば、まだ一定の発行余力があるというのは、ある側面では事実です。

 しかし、だからといって「いくらでも刷っていい」とか「財政規律なんて関係ない」というのは暴論です。

インフレ起きる可能性

 高市政権がやろうとしているのは、経済学でいう「ビッグプッシュ(Big Push)」です。大規模な財政出動によって需要を人工的に作り出し、経済を高圧状態にして成長軌道に乗せるという考え方です。

 このビッグプッシュが歴史的に成功したのは「朝鮮戦争特需」の時です。当時の日本は有効求人倍率が0.3倍程度で、失業者があふれていました。つまり、猛烈な「需要不足」の状態だったのです。だからこそ、外部からの特需(プッシュ)が呼び水となって、余っていた労働力が吸収され、経済が回り始めました。

 翻って現在はどうでしょうか。人手不足倒産が起きるほど労働市場は逼迫し、需給ギャップはほぼ均衡しています。供給能力の限界が来ているところに、さらに財政で金をばら撒いて需要をプッシュすれば、何が起きるか。モノやサービスの値段が上がる「インフレ」です。

MMTのツケは将来世代が払う

 MMT的な発想をする人々は「インフレ率が目標に達するまでは財政を出せばいい」と言いますが、一度火がついたインフレをコントロールするのは至難の業です。インフレになれば金利は上がります。金利が上がれば、国債の利払い費は雪だるま式に増え、結局はそのツケを将来世代が払うことになります。

 さらに悪いことに、インフレは国民にとって「見えない増税(インフレタックス)」です。政府は「景気を良くして税収を増やす」と言いますが、物価が上がって名目所得が増えれば、累進課税制度のもとでは税率区分が上がり、実質的な税負担は増えるのです。

 高市総理は「強い日本」を目指していますが、借金頼みの見せかけの成長で、本当に国が強くなるのでしょうか。これを実現するには労働市場の改革など制度規制改革を並行して進める必要があります。

 さて、石破政権時代の政局でキャスティングボートを握った国民民主党が強く主張し、自民党も呑まざるを得なくなっているのが「年収の壁」対策、具体的には基礎控除等の引き上げです。「103万円の壁を178万円に引き上げる」という話ですね。

 これを聞くと、多くの国民は「手取りが増える」と喜びます。確かに短期的にはそう見えるでしょう。

「年収の壁」議論の落とし穴――なぜ控除拡大は間違いなのか

 しかし、政策論として見ると、これは「筋の悪い」減税です。はっきり申し上げますが、所得控除の額を増やすというのは、現代の税制改革のトレンドから完全に逆行しています。

 なぜか。所得控除を増やすと、誰が一番得をすると思いますか?

 所得税は累進課税です。所得が高い人ほど高い税率が適用されます。つまり、控除額を一律に増やせば、高い税率が適用されている富裕層ほど、減税効果=恩恵が大きくなるのです。

 つまり、「所得控除の拡大」は「金持ち優遇」なのです。

 世界の税制改革の潮流は、「課税ベース(税金をかける対象)を広くして、その分、税率を下げる」ことです。所得控除を増やして課税ベースを穴だらけにしてしまえば、結局はどこかで税率を上げざるを得なくなります。

 では、どうすればいいのか。私が長年主張しているのは、「給付付き税額控除」です。これは、所得から差し引く(控除)のではなく、最終的に決まった税額から一定額を差し引く、あるいは税額がマイナスになる(控除しきれない)場合は、その分を現行で「給付」するという仕組みです。

真に「手取りを増やす」のであれば給付付き税額控除

 これなら、低所得者にも確実に恩恵が行き渡ります。これは、私が提唱する「ベーシックインカム」への入り口となる制度です。

 国民民主党も現内閣も、目先の人気取りのために「所得控除拡大」という分かりやすい、しかし不公平なバラマキを選ぼうとしています。103万円の壁を178万円に動かしても、次は「178万円の壁」ができるだけです。イタチごっこです。

 真に「手取りを増やす」のであれば、複雑怪奇な所得控除を整理し、給付付き税額控除というシンプルで公平なセーフティネットを導入すべきです。これこそが「真の改革」です。

 高市政権の経済対策案を見ると、AIや半導体、造船業への支援など、産業側から見て威勢のいいメニューが並んでいます。非常に経産省的で、昭和の産業政策の香りがします。しかし、そこには決定的に欠けている「異質な項目」があります。それは社会保障の抜本改革です。

 国の予算の3分の1以上を占めるのは、公共事業でも防衛費でもなく、社会保障費です。ここにメスを入れずに、借金で産業支援をしても、バケツの底が抜けた状態で水を注ぐようなものです。

聖域なき「社会保障改革」から逃げるな

 例えば年金です。現在の制度では65歳から受給が始まりますが、女性の平均寿命は87歳を超えています。つまり、22年間以上も年金をもらい続ける設計になっている。世界中どこを探しても、こんなに太っ腹な、というより無謀な制度設計をしている国はありません。平均寿命が伸びたのであれば、支給開始年齢を後ろにずらす、あるいは支給額を調整するのは数学的に当たり前の話です。

 しかし、これをやろうとすると「弱者いじめだ」「高齢者を見捨てるのか」という批判が必ず起きます。政治家にとって、票田である高齢者を敵に回す改革はタブーです。高市総理も「強いリーダー」を標榜していますが、この社会保障という岩盤にドリルを突き立てるのは難しいでしょう。

 改革を避けて、現役世代から社会保険料という名の上納金を吸い上げ続ける。これでは若者の手取りが増えるはずがありません。「財務省が緊縮財政をしているから悪い」と叫ぶ人たちがいますが、それは事実誤認です。日本はずっと放漫財政です。社会保険料を含めた国民負担率は50%に迫り、かつてのアメリカ並みだった負担率が、今やイギリスなどの西欧諸国に近づきつつあります。

AI時代の「労働市場改革」こそが成長の鍵

 それでいて安心感がないのは、集めた金が非効率なシステムに消えているからです。

 最後に、日本経済を成長させる本当の鍵についてお話しします。それは単なる財政出動、つまり需要拡大ではなく、「生産性」の向上を実現するような構造改革です。

 日本人の賃金が上がらない最大の理由は、生産性が低いからです。特に、サービス業やホワイトカラーの生産性の低さは深刻です。

今、AI(人工知能)という革命的なツールが登場しました。その能力は凄まじい。これまで5人でやっていた仕事が、AIを使える人間がいれば1人でできるようになります。

 これは脅威でしょうか? いいえ、チャンスです。少子高齢化で人手が足りなくなる日本にとって、AIによる省力化は救世主になり得ます。

 しかし、ここで邪魔になるのが、日本特有の「岩盤規制」である硬直的な労働市場です。一度雇ったら定年まで解雇できない「終身雇用」と、その代償として会社の命令には絶対服従で転勤も残業も受け入れるという「メンバーシップ型雇用」。この昭和の遺物が、AI時代の足かせになっています。 

金銭解決による解雇ルールの明確化を

 AIを使えない社員、新しいスキルを学ぼうとしない社員を、企業が一生抱え続けなければならないとしたら、どうなるでしょうか。企業はAI投資に二の足を踏み、生産性は上がらず、優秀な若手の賃金も上げられません。

 必要なのは、労働移動を円滑にする「労働市場改革」です。衰退産業から成長産業へ、人がスムーズに移動できる仕組みを作ることです。

 そのためには、金銭解決による解雇ルールの明確化や、職務内容を明確にするジョブ型雇用への移行が必要です。もちろん、失業した時のセーフティーネットは不可欠です。だからこそ、先ほど申し上げた「給付付き税額控除(ベーシックインカム)」や、リスキリング(学び直し)への支援がセットでなければなりません。

 また、AIによって労働時間が短縮されるなら、それを「ワークシェアリング」につなげる発想も必要です。労働基準法の「1日8時間」という枠組み自体を見直し、短時間でも高付加価値を生み出せる働き方を認めるべきです。

 さて、アベノミクスには「3本の矢」がありました。大胆な金融緩和(第1の矢)、機動的な財政出動(第2の矢)、そして民間投資を喚起する成長戦略(第3の矢)です。

「第3の矢」を放てるか

 振り返ってみれば、第1の矢と第2の矢は放たれましたが、肝心の「第3の矢」――つまり構造改革は、岩盤規制に阻まれて十分に放たれませんでした。

 高市政権の経済政策は、今のところアベノミクスの「第2の矢(財政出動)」だけを巨大化させたものに見えます。しかし、構造改革なき財政出動は、単なるインフレと将来へのツケ回しに終わります。

 政府に必要なのは、かつての小泉純一郎元総理のような「痛みを伴ってでも改革を断行する」という狂気にも似た情熱です。

 財政のみに麻薬に頼るのではなく、社会保障という聖域に切り込み、労働市場を流動化させ、AIという武器を使いこなせる国にする。

 野党や業界団体の抵抗、そして党内の守旧派の声を押し切ってでも、この構造改革を成し遂げられるか。それができなければ、高市政権の「積極財政」は、日本経済を更なる停滞へ「ビッグプッシュ」してしまうことになるでしょう。

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