あの日の体験を伝える、歴史を伝えるーー震災伝承ソング「幾重」羽生結弦スペシャルプログラム(後)

NHK東日本大震災15年震災伝承ソング、ゆず『幾重』に乗せたセルフコレオ。
目次
利他もまた、彼の「人として」の命題
言葉の人でもある彼は、このスペシャルプログラムについてこう語る。
〈僕は津波に遭っていません。スケートと身体が残っている自分にとっては、なかなか「被災者」とはいえない時間もありました。「幾重」は、そんな僕でも救っていただける楽曲だと感じました。ふたをしていた記憶とうまくつきあえるように振り返るきっかけになりました。「幾重」にこれからもずっとずっと勇気づけられ、元気づけられ、がんばって生きていきたいです〉※
先の言葉(前編)が「体験を、伝える」なら、これは「歴史を、伝える」ということになる。東日本大震災は地震だけでなく津波被害、原発被害、その後の復興や除染、その後も続いた避難者(福島の放射能による帰還困難区域や居住制限区域とそのいまも続く影響)の苦しみなど、羽生結弦の経験していない困難もまた当然ながらある。羽生結弦はそのすべてを体験したわけではないと真摯に語っている。
それでも、人に寄り添う。記憶を伝える。そのために氷上に、立つ。自分の心のままに。
何度も書くが、これはとても勇気のいることなのだ。たくさんの困難――それこそいま現在だって羽生結弦の身には多くのそうした壁が立ちはだかっている。自己との戦いにあるからこそ、時代の子として背負うあまたの定めがあるからこそだが、それでも羽生結弦は利他をやめない。いや、利他もまた、彼の「人としての」命題なのだろう。
いっぽう、羽生結弦は震災を知らない子どもたちに伝える上で、辛い思いをそのまま伝えたいとは思っていないとも語っている。命を守る行動を学んだことを伝えることが大事だとも。
これは誤解しないで欲しいのだが、私は原爆の記憶やその伝承において、ときに凄惨な写真や映像を子どもたちに見てもらうことがある。これは原爆が戦争という人災であり、警鐘と戒めの意味合いが不可欠だからである。人の過ちが大前提にある。
しかし天災である地震に関しては羽生結弦の言葉が正しい。もちろん福島第一原発のような人災は原爆同様、厳しいリアリズムと現実を伝承すべきだが、人智の及ぶ術なき天災は羽生結弦の言う通りで構わないと思う。本質は悲惨な現実になく、ひとえに傷と向き合う力、生きていく力そのものを未来の子どもたちに伝えればよいのだから。