ウクライナ侵攻、プーチンが睨む2つの落とし所…「ロシア軍の大量の犠牲」より大切なもの

 ウクライナ侵攻をめぐっては、「ウクライナ側にも非があったのでは」とする議論が一定数存在する。それに対し、「ナンセンス」と一刀両断するのが、元海上自衛隊の伊藤俊幸氏だ。高級軍人なら誰しも意識している国際法とプーチン大統領のロジックをひもとく。全4回中の2回目。

※本稿は小川清史(元陸将)、伊藤俊幸(元海将)、小野田治(元空将)、桜林美佐著『陸・海・空 軍人によるウクライナ侵攻分析 日本の未来のために必要なこと』(ワニブックス)から抜粋・再編集したものです。 

第1回:伝統的に防御が下手なロシア「将官が死にまくるのは必然」…プーチンが企てた「難しすぎる」作戦
第3回:ロシア国防相「核の使用を検討…」プーチンの「全部ウクライナの自作自演だ!」作戦
第4回:ロシア軍が北海道にやってくる…独裁者プーチンは辞められない、止まらない。国際法など関係ない

 善悪ではなく「違法か合法か」

 桜林:「ウクライナも悪いのではないか?」という方もやはりけっこういらっしゃいますので、国際法の観点から、今回のロシアの行動を改めて振り返りたいと思います。

 伊藤(海):戦争を規定する国際法規は大きく2つあります。「ユスアドベルム(Jus ad bellum:武力行使を開始する権利に関する国際法規)」と、「ユスインベロ(Jus in bello:武力行使開始後の戦争の方法手段に関する国際法規)」です。ようするに武力行使の前と後では該当する国際法が違うということなのですが、こうした戦争に関わる国際法は、日本の自衛官のみならず欧米の高級軍人であれば、必ず勉強しています。

 前者の「ユスアドベルム」は、武力行使を行う前に、国際法規上それが正しいかどうかを確認するものです。日本の多くの人たちは「戦争に善も悪もない」と言っていますが、善悪というよりも、「違法」か「合法」かという線引きは国際法上しっかりなされている。ですから、感情論や気持ちの問題とは別に、国連など現実の国際社会において違法か合法かを判断する議論のベースとなるのがユスアドベルムです。

 「違法な武力行使」とされるのは、国連憲章2条4項に違反する行為ですね。他国の領土保全・政治的独立に対する武力行使と、国連の目的と両立しない武力行使です。第二次世界大戦までは「自衛権」の名の下に戦争が起きていたので、戦後は、第三次世界大戦を起こさないよう、その武力行使が「自衛権」ではなく「国連の目的」と合致することが求められるようになりました。今回のウクライナ侵攻では、ロシアはこの2つともに明確に違反しています。

 プーチン大統領も国際法は意識していて、2月25日の演説では、今回のウクライナへの「特別軍事作戦」の行動の根拠を「ドネツク・ルハンスク両人民共和国の要請による『友好協力相互援助条約』の履行である」と説明しています。そして、その作戦目的は「ウクライナ政府により迫害・ジェノサイドにさらされてきた人々の保護」だと。ようするに、ウクライナに住んで迫害されているロシア人を保護する「自国民保護」だというわけですね。 

 具体的には、①ウクライナの非軍事化、②ウクライナ領土の占領は含まれない、③力による強制はしない。ウクライナの領土に住むすべての人々に、選択する権利が行使されることが重要、④我々の行動は、脅威に対する自己防衛である、と主張しています。これは明らかに国連憲章2条4項を念頭に置いています。 

 では反対に「合法な武力行使」は何かといえば、①国連憲章7章(国連安保理理事会の決定による武力行使)、②51条(自衛権の行使)、③自国民保護、④人道的干渉があります。③の自国民保護は、国連憲章ができる前から「慣習国際法」としてあったもので、プーチン大統領はこれを名目にしてきたわけです。だから、「合法」だと言いたい。 

 ロシアは2008年のグルジア(現ジョージア)侵攻も、2014年のクリミア侵攻もこの「自国民保護」を名目に、ギリギリの範疇でやっていました。実際、乱暴なこともやっていて、西側から経済制裁も受けてはいましたが、限定的で済んでいたのはこの名目があったからです。 

学者の世界ではロシア擁護も

 今回のウクライナ侵攻においても、ロシア連邦安全保障会議書記のニコライ・パトルシェフは「キエフの政権交代など我々は望んでいない。西側が勝手に言っているだけだ」といった主張をしていたわけです。ウクライナ政府に迫害・ジェノサイドにさらされた人々を保護するために「ウクライナの非軍事化」を求めているのだ、と。 

 これは “言葉” だけ見れば国際法上合法な武力行使なのですが、問題は “行動” が全く違っていることです。周知のように、ロシアがやっていることはウクライナへの全面軍事作戦ですからね。これは “アウト” です。

 そしてもうひとつの、武力行使後の「戦時国際法」という、人道国際法に基づく国際法規に照らし合わせても、明らかに違法です。 これには「交戦法規」と「中立法規」という基本的ルールがあるのですが、ようするに「戦闘員」と「非戦闘員」を分けて、「戦闘員以外は武力行使のターゲットにしたらダメ」というものです。これももう完全 “アウト” ですよね。つまり、「武力行使前も後も両方ともアウト」というのが今のプーチン大統領がやっている戦いです。 

 桜林:よくNATOの拡大であるとか、ゼレンスキーの言動が挑発的だったとか、いろいろなことを分析されたりもしますけど、そもそも国際法の観点でロシアのやっていることは、正当性がないということですね。 

 伊藤(海):正当性を決めるのは国連安保理(国際連合安全保障理事会)です。今回はロシアが拒否権を発動して、中国とインドとUAEが棄権していますが、あとの11カ国は皆賛成ですから、国連安保理上はアウトということです。国際社会からは違法な武力行使と認定された。だから、「ウクライナも悪い」とかという話ではありません。この国際法を抜きにする議論はナンセンスです。 

 おそらく3月の国連総会(国連総会緊急特別会合)がロシアを擁護する根拠になっているのだと思います。これは安保理と違って、別に拘束力はないんですが、ロシアに対する非難決議で、193カ国中141カ国が賛成して、ロシア、ベラルーシ、北朝鮮、シリア、エリトリアなどが反対し、棄権する国も35カ国と多かった。 

 あと、無投票が12カ国あるので、このことを見て「7割の国しか賛成していない」と言うのです。おそらく学者の先生方がそういうことを言い出すんですよ。しかし、それは学者の意見にすぎません。 

ロシアの妥協点は「新しい国際機関」?

 桜林:新しい国際機関を作るという話が出ていますが、それについてはどう思われますか? 

 伊藤(海):イメージとしては1994年の「ブダペスト覚書」のニューバージョンですよね。当時はヨーロッパ、北米、中央アジアの57カ国が加盟する世界最大の地域安全保障機構であるOSCE(欧州安全保障協力機構)会議で、ロシア、イギリス、アメリカという核保有3カ国が署名するMOU(了解覚書)を作ったわけです。その内容は「ウクライナの核を渡す代わりにイギリスとアメリカとロシアが安全保障をする」というものでした。 

 しかし、ブタペスト覚書は「条約」じゃなかったということで、今回はそれに代わる新しい枠組みを作ろうということだと思います。つまり、ウクライナがNATOに入らない方向で考えるならば、別の緩やかな欧州の安全保障機構を検討する、と。OSCEには敵も味方も入っていますから。 

 桜林:ロシアも入っている。 ですからNATOとは全然違うわけですよね。 

 伊藤(海):NATOとは違うんです。NATOは「集団防衛」、OSCEは「集団安全保障」ですからね。「集団防衛」と「集団安全保障」を一緒の意味で使っている識者が多いですが、全く違う。NATOは集団防衛だから多数の国家が共同する軍事防衛組織で、いってみればひとつの国のようなものです。ひとつの塊になってみんなで戦うでしょう。 

 対して集団安全保障というのは、対立関係にある国も含めた大きな連合組織です。「敵と味方で互いに牽制し合って抑止しよう」という概念です。 

 小川(陸):集団安全保障というのはその枠組みの中で「警察力」を使うという概念ですから、悪いことをした人を取っ捕まえる。NATOは敵に対して「自衛権」を行使する。だから、警察か自衛かという区別のようなものです。 

 桜林:そういう意味ではこういう提案は代替案としては悪くないということでしょうか。 

 伊藤(海):NATOができないなら、こっちしかないんですね。 

 小川(陸):報道では、ウクライナがEUに入るのはロシアもOKだと言っているようですね。これならロシアとしては容認できる範囲ではないでしょうか。ウクライナはEUやOSCEのような緩い枠組に段階的に入ることで妥協する。ロシアにとってもこのあたりが妥協の範疇なのでしょう。 

 小川(陸):乱暴なことをやってキエフに侵攻しましたが、ロシア軍人の犠牲の上にロシア側が受け取れるものがある程度はあるかもしれないなと思います。

小川清史(元陸将)、伊藤俊幸(元海将)、小野田治(元空将)、桜林美佐著『陸・海・空 軍人によるウクライナ侵攻分析 日本の未来のために必要なこと』(ワニブックス)

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この記事の著者
ワニブックス

刊行:ワニブックス社 小野田治 元航空自衛隊空将 ハーバード大学シニア・フェロー 伊藤俊幸 元海上自衛隊海将 金沢工業大学大学院教授 小川清史 元陸上自衛隊陸将 日本安全保障戦略研究所上席研究員 桜林美佐 防衛問題研究家

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