ライバルが必死に働けば働くほど、資金が自動で還流する…米富豪ロックフェラー、競合のコストを吸い尽くす「死のゲーム」を完成させた男の超合理主義

資本主義の歴史において、ジョン・D・ロックフェラーほど毀誉褒貶の激しい経営者はいない。19世紀後半の石油過当競争を勝ち抜き、市場の90%を支配したスタンダード・オイル。その裏には、競合のコストを自社へ還流させる巧妙な謀略があった。しかし同時に、同社は300種類以上の副産物をマネタイズする「廃棄物ゼロ」のシステムを19世紀に構築し、インフラの劇的な低価格化を実現した一面も持つ。元『プレジデント』編集長で作家の小倉健一氏が、その歪で圧倒的なビジネスモデルの全貌を解説する。
みんかぶプレミアム連載「一握りの大富豪だけが知っている世界の真実」
目次
資本主義のルールを書き換えた「完璧なシステム」
19世紀後半のアメリカ合衆国。産業革命の巨大なうねりが大地を飲み込み、資本主義が独自の荒々しいルールを形成しつつあった激動の時代において、世界経済の心臓部を力強く握りしめ、富の概念を根本から書き換えた一人の経営者が存在した。ジョン・D・ロックフェラーである。
ロックフェラーが構築した巨大な石油帝国は、単なる一企業の成功譚という小さな枠には決して収まらない。一般的な大衆が無邪気に信じて疑わない「自由な市場」という美しい幻想を根底から解体し、無限の富を合法的に独占するための完璧なシステムを地上に打ち立てた、極めて壮大な歴史の証言なのである。
なぜロックフェラーは「完全競争市場」を病的な状態と見なしたのか
時計の針を少し戻そう。1859年、ペンシルベニア州の静かな森の中で、歴史的なオイル・ブームが幕を開けた。大地から真っ黒な油が天高く噴き出す壮絶な光景は、一攫千金を夢見る無数の人々を狂気にも似た熱狂へと駆り立てた。
泥まみれの油田地帯には、野心に満ちた荒くれ者たちや一山当てようとする事業家たちが全米から殺到し、雨後の筍のように粗末な精製所が至る所に乱立したのである。誰もが独自の油井を力任せに掘り、誰もが少しでも多くの石油を売り捌こうと必死にもがいていた。一般的な大衆の目線から見れば、無数の人間が切磋琢磨し、自由に商売を繰り広げる活気に満ちた素晴らしい市場の姿に映ったかもしれない。
しかし、事業全体を空高くから俯瞰する視点を持つ権力者にとって、無秩序な競争状態は破滅的な地獄に等しい。小規模な事業者が乱立する完全競争市場では、ライバル企業を出し抜くために少しでも価格を下げる終わりのないチキンレースが永遠に続く。泥にまみれて懸命に汗を流し、徹夜で石油を精製しても、生み出されたわずかな利益は、終わりのない価格競争によって瞬時に消滅してしまう。労働によって生み出された果実はすべて価格低下を通じて消費者に吸い取られ、事業家の手元には極度の疲労と膨大な借金しか残らないのである。無計画な競争は、貴重な地下資源を無駄に燃やし尽くし、市場全体を極めて不安定にするだけの愚行であった。ロックフェラーは、無秩序な市場を病的な状態と見なし、合理的な秩序をもたらす手段を静かに模索した。
産業のすべてを一本に繋ぐ「巨大トラスト」の衝撃
無意味な消耗戦を終わらせるために、ロックフェラーが出した結論は明快であった。ライバル企業を市場から完全に排除し、たった一つの巨大な組織で産業全体を統治することである。ロックフェラーは、次のような予言めいた言葉を残している。
「組み合わせの時代は永遠に続く。個人主義は去り、二度と戻らない」
独立した個人が自由に商売をする牧歌的な時代は完全に終わった。生き残るためには、水平的統合と垂直的統合を組み合わせ、産業のすべての血管を一本に繋ぎ合わせる巨大なトラストを作り上げるしかない。ばらばらに散らばった事業者を巨大な歯車の一部として強引に組み込み、市場の価格を自ら決定する絶対的な支配者となる道を選んだのである。
絶対的な支配者へと上り詰める過程で、ロックフェラーは戦慄を覚えるほど巧妙な罠を市場に仕掛けた。1871年に秘密裏に構想されたサウス・インプルーブメント社を通じた、大規模な鉄道会社との闇の密約である。内陸部で採掘された石油を全米の都市へ販売するためには、鉄道による大量輸送が絶対に不可欠である。ロックフェラーは、自らが持つ膨大な輸送量を強力な武器として鉄道会社に交渉を持ちかけ、圧倒的に有利な運賃引き下げの約束を引き出した。