流行りの縦型ドラマ俳優のギャラはどう決まるのか大暴露――30歳若手舞台俳優「リアリティショーに出演経験があるが、演出はやはりあった」
「華やかな芸能界の裏側で、表現者たちはどう生計を立て、何を糧に生きているのか」――。
さまざまな職種、経歴の方のリアルなお金事情をあらいざらい暴露していくみんかぶプレミアム連載「あなたの給与明細 見せてください」。
第1回は、俳優として活動する30歳の男性の実存を探る。俳優としての年収は120万円。アルバイトは一切せず、俳優業一本で生活しているという。
アニメの聖地巡礼から始まった意外なキャリアのきっかけから、サイゼリヤを「おふくろの味」と呼ぶ等身大の食生活、そして「人を助けることもあれば、傷つけることもある」という表現者としての覚悟まで。
夢と現実の狭間で揺れる、30歳俳優のリアルな告白をお届けする。短期連載全3回の第3回。
目次
「5000円」のエキストラからでも。縦型ドラマに見る“新しい主戦場”
最近、僕は「縦型ドラマ(ショートドラマ)」という新しいジャンルの撮影に参加しました。TikTokやInstagramのリールなどで流れてくる、スマホ視聴に特化したドラマです。
きっかけは、以前映画の仕事でお世話になったプロデューサーさんからの紹介でした。最初はメインキャストのオーディションを受けたのですが、残念ながら「ルックスが役のイメージに合わない」という理由で落ちてしまいました。ただ、そのプロデューサーさんが「別の役でなら」と声をかけてくださり、エキストラとして現場に入ることになったんです。
その時のギャラは、午前中の拘束で5000円。正直、金額だけを見れば「安い」と感じるかもしれません。でも、今の僕にとって、現場に呼ばれること自体に価値があります。
縦型ドラマは、従来のテレビドラマや映画とは制作のスピード感が全く違います。予算も限られていますが、その分、SNSでの拡散力は凄まじい。フォロワー数によってギャラが決まるような仕組みもあり、ある意味で非常にシビアですが、無名の俳優にとっては一気に知名度を上げるチャンスでもあります。僕のような人間が「見つけられる」ための、新しい主戦場だと感じています。
リアリティショーへの出演、そして「自分を晒す」ということ
実は、僕は以前ある「リアリティショー」に出演していました。SNS上で知ってくれている方もいるようですが、そこでの経験は、僕の俳優人生において大きな転換点となりました。
俳優は本来、脚本に基づいた「役」を演じるのが仕事です。しかし、リアリティショーでは「自分自身」を晒し、視聴者の目に晒されることが求められます。そこには演出もあれば、意図的な編集もあります。放送後には、見ず知らずの人から称賛されることもあれば、激しい批判を浴びることもあります。
自分という人間をコンテンツとして消費される恐怖。それでも、そこで得た知名度が次の仕事に繋がるという現実。
「俳優なら、芝居の実力だけで勝負すべきではないか」という葛藤は常にあります。でも、今の時代、知ってもらわなければ土俵にすら立てない。だから僕は、たとえ自分を切り売りするような形であっても、チャンスがあれば飛び込んでいくと決めています。それが、年収120万円の僕が、この世界で生き残るための唯一の手段だと思っているからです。
「表現」は人を救いもすれば、殺しもする
僕が大学で学んだ哲学の視点から言えば、俳優という仕事は「存在の探求」です。役を通して他人の人生を追体験することは、自分自身の境界線を広げていく作業でもあります。
でも、それは同時にとても危うい。僕たちが発する言葉、見せる表情一つで、観客の誰かを救うことができるかもしれない。絶望の淵にいる人に「明日も生きてみよう」と思わせることができるかもしれない。でも、その逆もまた然りです。不用意な表現が、誰かの心を深く傷つけ、追い詰めてしまう可能性だってある。
「表現には力がある」という言葉を、僕は単なる綺麗事として捉えていません。それは「暴力性」も含んだ、取り扱いに注意が必要な劇薬だと思っています。
だからこそ、僕は学び続けなければならない。サイゼリヤで一人、ドリアを食べながら台本を読み耽る夜も、競馬場で10万円を賭けて胃を痛める瞬間も、親との冷え切った関係に頭を抱える日々も。そのすべてが、僕という俳優を形作る血肉になります。この泥臭くて、不安定で、でもたまらなく愛おしい日々を、僕はこれからも演じ続けていこうと思っています。