第二十九話「引けない勝負」連載小説「奪われるースパイ天国・日本の敗戦ー」
スパイ防止法がないこの“天国”・日本で、知らない間に国が「奪われる」──。
表向きの歴史やニュースの裏側に潜む、冷酷な国際諜報戦と、個人の運命が国家間の巨大な陰謀に巻き込まれていく壮大な安全保障サスペンス小説、ここに爆誕。
舞台は、女性初の内閣総理大臣・高地きみえが熱狂的な支持を背景に「強い日本」を目指す日本。彼女は長年の懸案である日本人拉致被害者の奪還を決意し、極秘裏に北朝鮮の金正恩総書記との会談に臨む。しかし、その外交交渉の裏側では、すでに北朝鮮の体制に「影」が差し込み、巨大な隣国・中国の思惑が絡み合っていた。
第二十九話「引けない勝負」
その夜、政府専用機はひっそりと羽田空港を離陸した。夜空を切り裂き、朝鮮半島へ向かう。機内は息を潜めたような静けさだ。エンジンの低い音だけが緊張を増幅させる。高地きみえ首相は小さな窓から闇を眺め、心の中でシミュレーションを繰り返した。金正恩総書記の顔、冷たい視線、言葉。高地は拳を固く握り、「絶対に引けんわ」と独り言を繰り返した。
同行者は最小限で、外務省からアジア大洋州局長と担当課長、通訳の3人。そして、自衛隊と警察の特殊部隊数人が影のように控える。生田雄三首相秘書官や立崎実直官房副長官も同行した。念のため、機内では緊急脱出時のブリーフィングがなされた。「北朝鮮が変な動きを見せれば、即座に日本へ引き返す」。高地の心が激しく揺れる。