インドのソナガチ、ムンシガンジ、ボウバザール……3つの暗黒街を渡り歩いた男が、あるビルの「上階」で出会った”目を閉じても目が開いて見える女”
1980年代から90年代にかけて、アジアの歓楽街は熱気と混沌、そして甘美な腐臭に満ちていた。高度経済成長のあぶく銭を握りしめ、男たちは夜の底へと沈んでいった。これは、かつて暗黒街に沈み、熱気と混沌に溺れながら「愛」を探し求めた男の回想録である。
「ブラックアジア」「ダークネス」でカルト的な人気を博す作家・鈴木傾城氏による連載「アジアの暗黒街で愛を探した男」第15回――。
<前回までのあらすじ>
コルカタの悪名高き歓楽街ソナガチに単身潜入した筆者。女たちに強引に部屋へ引き込まれ、殺伐とした空気の中で二度にわたり金を要求される壮絶な体験をする。物乞いの女性ピアからは「クレイジー」と呆れられながらも、さらなる悪所ボウバザール、ムンシガンジへと足を向けると――。
騒音とスモッグと排泄物の街
コルカタの猥雑さには閉口した。あまりにも人が多く、あまりにも街はうるさく、あまりにもタカリが多かった。街がうるさ過ぎるのは、とにかく車がホーン(クラクション)を鳴らしまくるからだ。
少しでも前の車が進まないとホーン、道を曲がるときもホーン、停まるときもホーン、すれ違うときもホーンを鳴らすので、運転手は騒音をまき散らしながら走っているも同然だった。すべての車がそうなので、ひたすら騒然としている。
空気も悪かった。遠くを見ると空がスモッグで霞んでいるのが分かるくらいなので、大気汚染は相当なものだったはずだ。私が今まで訪れた国の中でも、最悪の大気汚染と言っても過言ではなかった。
街はゴミまみれで生ゴミのニオイが鼻につく。道端にはあちこちに野良の牛がうろついているので排泄物も普通に落ちている。牛の排泄物だけでなく、ホームレスの子供たちの排泄物もある。
そんな街のあちこちの壁にはヒンドゥーの神々の落書きが描かれていた。額にも目が付いていて舌を出している女性の神だ。後で知ったのだが、コルカタは女神カーリーが信奉されていて、それを信じている人たちが多いのだった。
そんな渾沌(カオス)におびただしい数のホームレスがいて、彼らが家族で路上で暮らしているのが見えた。あまりにもホームレスが多いので、ここにしばらくいると路上で暮らすのは「普通」に見えてくるほどだ。感覚がおかしくなる。
この光景は、長らく東南アジアのスラムを見てきた私にとっても異様だった。スラムとはある特定のエリアに押し込められた場所という認識だったが、コルカタは町全体がスラムでできているようにも見えた。
「ムンシガンジ通り」へ
そんなコルカタの混乱と喧騒の中、私は例によってアンバサダーのタクシーをつかまえて、行ったことのないエリアに向かっていた。ピアに教えてもらった悪所「ムンシガンジ通り」である。
どんなところなのかまったく前知識もないし、コルカタで手に入れた市内地図にも場所の記載がないので、位置関係もまったく分からないままだった。あのソナガチと同じような場所なのかと思っていたのだが、着いたら高い建物はひとつもないエリアで降ろされた。
「ここがムンシガンジ通りだ」と言われる場所の入口を見ると、そこは平屋や2階建てのコンクリート作りの粗末な家が奥までびっしりと建ち並んでいる。コルカタ全体がスラムみたいだと思ったが、このストリートの荒廃はさらにひどかった。
ここは極貧層が暮らしている居住区に間違いなかった。街全体がスラムに見えるコルカタの「本物のスラム」がここだったのだ。大通りからムンシガンジには階段を下りて入っていく。すぐ右手にはヤギの飼育所みたいな場所があった。
大都会なのに、牛がいたりヤギが飼われていたり、本当にコルカタは不思議な街だ。
そういうのを見ながら歩いていくと、すぐに荒んだスラムの建物の入口の前に、何人もの女性がたむろしているのが見えた。
女性たちは着飾っているわけでもなければ、挑発的なわけでもない。普段着のようなサリーや古ぼけたパンジャビドレスを着ていたが、彼女たちが「特殊な女性」であることはすぐに分かった。
なぜなら、全員が私をじっと凝視して視線を外さなかったからだ。
広大なスラムが背後にあって、通りが売春宿
ムンシガンジはソナガチと違って女性たちが襲いかかってくるわけではなかった。ただ、食い入るように、通りかかる男を見つめる。視線が合うと、眉毛をぴくりと動かして合図するか、何かを動物のように叫んで男を引き寄せる。
あまり強引ではないことに私はほっとした。ソナガチの殺気立ったあの雰囲気はやはり異様だったのだ。それだけで、私はこのムンシガンジが気に入った。
通りを入って行くと、どこまでも延々とスラムが続いた。
カンボジアのトゥールコック地区を思い出す。広大なスラムが背後にあって、通りが売春宿になっているスタイルは私にはお馴染みだった。スラムの女性が、通りに面した建物で売春する。だから、貧困国の貧困地区は往々にして人通りの多いところが売春地帯になったりする。
まさに、ムンシガンジがそうだったのだ。
立っている女性たちは、同じインド人であってもその容貌は驚くほど多様だった。日本人のような顔立ちの女性もいれば、黒人のように褐色な肌の女性もいる。非常に痩せた女性もいれば、でっぷりと太った女性もいる。若い女性もいれば、かなり歳をいっているように見える女性もいる。
体つきも東南アジアの女性たちとはまったく違う体型だったりして、その多様性の宝庫には興味が尽きないものがあった。
そうやって見ていると、東南アジアや東アジアの女性にはないタイプの、下半身が筋肉の塊でできているようながっしりした体躯の女性につかまったので、私はそのまま彼女の部屋に向かった――。