映画で芽生えた東大医学部への夢。東大王・河野ゆかりが母から学んだ「楽に勝つ」効率的学習法

神戸海星女子学院を経て東京大学理科三類に合格し、医学部医学科を卒業した河野ゆかり氏。現在はスイス・ジュネーヴ大学大学院で学んでいる。数ある進路の中から医学部を選んだきっかけは、高校の授業で見たある一本の映画だった。そして受験を走り抜く原動力になったのが、母から繰り返し伝えられてきた一つの家訓だ。「頑張れ」とは違う、河野家ならではの努力の教え方に迫る。全4回の第3回。
みんかぶマガジン連載「天才たちの育ち方」
中学3年生の授業で見た一本の映画に涙した――東大を意識し始めた原体験
医学部を目指すきっかけは、中学3年生の授業で見た「明日の記憶」という映画だった。若年性アルツハイマー病を患う主人公と、それを支える妻の姿を描いた2006年公開の作品で、渡辺謙が主演を務めたことでも知られる。
「もうボロボロ泣いて。こういった難病の人たちを救うには研究というのが一番力になるんだと思って。それを父に相談したら『研究したいなら東大だろう』みたいな感じで、そこから東大を考え始めました。最初から最後まで志望校は東大です。一回決めるともうそこしか見えなくなっちゃうタイプなので。」
子どもが将来の夢を語ったとき、親がどこまで具体的な道筋を示すべきか悩む場面は多い。河野氏の父が返したのは「研究したいなら東大だろう」という、驚くほど短い一言だった。細かい計画やリスクを並べ立てるのではなく、目標と手段をシンプルに結びつけるだけの言葉が、かえって子どもの背中を押すことがある。進路を決めるのはあくまで本人であり、親の役割は選択肢を狭めることではなく、次の一歩を見えやすくすることなのかもしれない。
「同じ結果を出すなら、できるだけ楽に行った方が賢い」母の口癖
河野氏の受験戦略を語るうえで欠かせないのが、母から繰り返し言われてきた考え方だ。
「母親が『最小の努力、最大の効果』ってよく言ってて。嫌なことをたくさんしても、結果がそれで出るならいいかもしれないけど、同じ結果を出すならできるだけ楽にやった方が賢いんじゃない、っていう考え方だったんです」
この教えのもと、河野氏は勉強量そのものよりも計画の立て方に力を注ぐようになったという。
「小学校の頃、よっしゃやるぞと思っても少し経ったらだらけてる、みたいなよくいる子だったので、その時点で自分の気持ちみたいなものは信用ならんな、と思っていたんです」
中学の頃には模試に向けて大まかな計画を立てる程度だったが、学年が上がるにつれて計画は細分化されていく。