脱北YouTuberキムさんが「苦労知らずの日本人」と「まん延する朝鮮差別」に思うこと

 北朝鮮からの脱出に成功し、父親の住む韓国で暮らしていたキム・ヨセフさんは2013年、日本行きを決意する。差別や偏見を恐れ、当初は北朝鮮出身であることを隠していたキムさんだったが、いまでは会社勤めをしながらYouTuberとして活躍。登録者数は10万人を誇る(2022年9月現在)。キムさんが見た日本の姿、あるべき社会の姿とは――。

※本稿は、キム・ヨセフ『僕は「脱北YouTuber」~北朝鮮から命がけで日本に来た男~』(光文社)の一部を再編集・加筆したものです。

第1回:「そろそろ始めよう」脱北に失敗した北朝鮮の18歳が受けた拷問とは…そして再び脱北を決意した
第2回:脱北者が聞くと必ず涙する「讃美歌」とは…命懸けで逃げ込んだカンボジアの韓国大使館での礼拝

祖父の影響を受け日本へ

 韓国に来て2年以上が経過した頃、改めて勉強をはじめた。中卒資格は独学でなんとかなった。しかし、高校の勉強は独学では限界があったので、思い切って仕事をやめて脱北者支援の学校で1カ月間勉強した末、2013年春に高卒資格を取得した。日本行きの選択肢があがったのは、そのときだった。

 当時は親が投資詐欺に騙され、僕のお金も少なからず取られてしまう出来事があった。それで精神的に打撃を受けた僕は、「どうせこうなったのなら、仕事を続けるよりも広い世界を見てみたい。どうせ韓国まで来たのだから、次は日本に行ってみよう」と考えた。祖父が(過去に)日本軍に所属していて日本語ができたこともあり、日本ってどんな国なのだろう? とつねに思っていたからだ。

 韓国に戻ると、僕はすぐさま、留学エージェントを通じてビザの手続きと住居探しを行い、2013年秋、東京・新大久保の日本語学校に入学した。最初に住んだのは、東京・高田馬場の家賃4万6000円のアパートだった。2段ベッドが置かれた部屋が3つあり、トイレとキッチンは共同。2段ベッドの目の前にすぐ机があって、座るスペースはほとんどなかった。

 当時は収入もなかったので、1日1000円で3食まかなおうと努力した。コンビニにはなるべく行かず、ペットボトルに水道水を入れて持ち歩いたり、業務スーパーで33円の豆腐を買ったりしていた。

 事前に日本語の本を1冊読み、ひらがなとカタカナを読めるようにしていたとはいえ、当時は日本語をまったく話せなかった。日本語は、最初はすごく簡単だと思ったが、ふだん使わない表現になると、覚えるのに時間が必要だ。そして漢字は読むことはできても、書くのが難しい。

 それでも人としゃべれば早く上達できると思ったので、なるべく日本人との交流会に参加していた。同じ時間を使うなら日本語をより話せるよう、アルバイトも日本のお店にした。最初は言葉が通じず、馬鹿扱いされているようなこともあったが、努力の甲斐あって日本語学校のクラスの中では一番上達が早かった。

「日本は平和で苦労を知らない」

 日本に来て1年半が過ぎ、留学ビザの期限が迫ってきた。そのときはちょうど30歳になっていて、韓国に帰るか、期限が切れるまで勉強するかの選択を迫られた。韓国に戻れば、引き続き脱北者向けのさまざまな支援を受けられる。

 だが日本の文化や社会に興味が湧いてきた頃だったので、さらに深く知りたい気持ちが抑えきれなくなっていた。北朝鮮との違いだけでなく、4年暮らした韓国社会との、いい意味での違いに惹(ひ)かれたのだ。そこで、日本語学校を卒業する間際に思い切って日本の大学を受験してみることに決め、来日から翌々年の7月、晴れて埼玉県にある私立大学の政治経済学科に入学した。

 大学入学後も、日本語学校時代のアルバイトを続けた。スーパーや飲食店のバイトを掛け持ちし、1日5時間も寝られないこともあった。時給が高いので深夜帯のバイトをやっていたこともある。バイトの同僚や大学の同期とは10歳ほどの歳の差があったが、楽しかった。

 大学は、高校に通っておらずサークルの経験もない僕にとっては見たことのない新鮮な世界だった。誰もが自由にピアノを弾いたり、スポーツをしたりしているのが不思議に思えた。北朝鮮では選ばれた人しかそういう活動ができないからだ。また、自分で学費を稼いでいる人がほとんどいなかったのも不思議だった。本当はバイオリンやピアノをやりたかったが、卓球サークルに入った。楽器を買うのには高いお金がかかるからだ。

 大学の同期は、僕の人生経験とのギャップはもちろん、年齢的に社会経験も少ないし、僕から見たら子供のように思えたが、積極的に仲良くなろうと努力した。自分もあのくらいの年頃にはああいう考え方だったろうと、振り返るきっかけにもなった。僕が彼らと同じくらいの年齢の頃は言うまでもなくひどい人生苦(原文ママ)を経験していたが、何故かまたあの頃に戻りたいという気持ちになった。

 一方、理解できない部分もあった。親がサークル活動のお金を出してくれないなどと同級生がボヤいているのを、僕は「バイトすればいいのに」と思いながら聞いていた。自分がその年齢なら、なんでもできたと思う。あまりに幸せな悩みを抱えている彼らを見て、日本は平和だな、豊かで苦労知らずなんだなと感じた。

 当時は、脱北者であることを周囲の誰にも言っていなかった。朝鮮総連の存在が気になっていたし、脱北者に対する偏見にどう対処するかといった、心の準備もできていなかった。脱北者であることを知られたら、普通の外国人とは違う目線で見られるのではと思い、わざわざ明かす必要性を感じなかった。

 韓国人が日本で聞かれがちな兵役についても、「諸事情で行ってない」と言えば、それ以上突っ込まれることもなかった。釜山の造船会社に勤めていたので、出身地は釜山だと答えていたし、日韓の文化交流行事で韓国について聞かれても受け流していたが、今思うと北朝鮮出身であることを言えばよかったと思う。

 悪いことをしたわけでもないのだから、隠す必要はなかったのだ。わからないことだらけの日本社会で、脱北者であることを明かしたらどう思われるのかを不安に思うあまり、考え過ぎていたのだろう。ある意味、自分の中に偏見があったのかもしれない。

「差別」がまん延する社会で必要なこと

 就職は貿易関係の企業を希望していたが、高い英語力が求められるので難しかった。そこで韓国で経験した製造業を志望した。第2希望の会社から内定をもらうことができ、営業のサポートや品質管理をメインに従事した。その会社は海外工場もあったが、韓国への展開はしていなかったため、普通の日本人と同じように働いた。

 ここでも最初の就職先では脱北者であることを明かさなかったが、日本社会で脱北者であることを明かす不安は徐々に薄れ、自分の中でも過去と向き合う勇気や覚悟が持てたのだと思う。その頃、YouTubeチャンネルを開設し、顔出しで動画の投稿をはじめた。

 動画を見たテレビ関係者からオファーをもらい、脱北者としてテレビ出演もした。放送後、大学時代の知人から「ちょっとびっくりした」と連絡があったり、最初の就職先の韓国人社員からも反応があったりしたが、ただそれだけだった。ネガティブな反応を受けるかもしれないというのは、僕の勝手な思い込みだったのだろう。

 もちろん、脱北者ということで僕を無知な人のように扱ったり、偏見をもって接する人もまったくいないわけではない。動画のコメントで、「北朝鮮が日本人を拉致しているのに、お前は日本に来てよく生活できるな」と言われたこともあったけど、北朝鮮で暮らしているときは拉致問題について知るすべなどなかった。

 僕は、朝鮮半島出身者というだけで差別される理由がわからない。太平洋戦争のときにハワイに住む日系アメリカ人が日本出身者という理由だけで強制的に隔離された歴史を振り返り、「当時のアメリカ政府は正しかった」と言える日本人はいるだろうか? 戦争という特殊な状況下とはいえ、と答える人がほとんどだと思う。出身地、民族、宗教の違いだけで差別することは、いかなる理由があっても正当化されてはいけない。

 「韓国でも脱北者差別があるのでは?」という疑問がある人もいるかもしれない。同じ民族なので民族を理由にした差別こそないが、「脱北者は南北対話の邪魔になる」と考える人もいるし「北朝鮮は敵だ」と教育を受けてきた人もいる。「定着支援金をもらい、職業訓練や学習支援を受けているのに韓国社会になじめないのは、ただの不適応者にすぎない」と言う人もいれば、「韓国政府が脱北者を支援する必要はない」と言う人もいる。

 脱北者が就職差別を受けることもある。それは脱北者が、社会制度から生活習慣まで180度違う韓国社会になじめないことから生まれている。現在、韓国には3万人以上の脱北者がいるが、北朝鮮で何十年も暮らす中で培った習慣や価値観を簡単には捨てることができず、苦労している人も少なくない。

 いろいろな背景や事情があって、差別のようなものが生まれてしまったのだと思う。解消するためには、まずは背景や事情を知ること、想像力を働かせること、それしかないと僕は思う。

キム・ヨセフ『僕は「脱北YouTuber」~北朝鮮から命がけで日本に来た男~』(光文社)
この記事の著者
キムヨセフ

1985年、朝鮮民主主義人民共和国の北東部・咸鏡南道に生まれる。10歳のときに弟と路上生活を始め、18歳で一度目の脱北を試みるも失敗し、白頭山のふもとにある留置所に送られる。23歳で二度目の脱北をし、中国、ベトナム、カンボジアを経て24歳で韓国へ入国。28歳で日本に語学留学し、大学を卒業。現在は会社員のかたわら、YouTubeチャンネル『脱北者が語る北朝鮮』で北朝鮮情報を発信中。

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