羽生結弦とプーさん、そして私たち。それは、運命的な相愛の絆…『くまのプーさん原作100周年』(1)
羽生結弦と相愛を続けてきた「人」
愛されるということ。
愛する、ということ。
なるほど人は誰しも愛されたく思い。愛されなくとも愛したく思う。
これを人は「相愛」と呼んだ。
〈あなた方に新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。〉ヨハネの福音書13 章34 節
このようなキリスト教でも、仏教でも〈當相敬愛〉(互いを敬い、愛し合う)と仏説無量寿経にあるように、この「相愛」は人種や宗教の違いなく人の普遍の営みであった。
島根の出雲町には横田相愛教会という大正時代に建てられた登録有形文化財がある。かつて救世軍(国際的なキリスト教プロテスタント系慈善団体)の横田小隊会館であったものだが八雲銀行(現在の山陰合同銀行)の岡崎喜一郎が私財を投じて建てられたものである。救世軍は慈善募金運動で軍服を着てラッパを吹く「社会鍋」が知られるがこれも相愛の精神である。俳句の冬の季語にもなっている。
かつて、私がこの連載において引いた思想家アランの『定義集』には「愛」の項目に〈愛する勇気〉とある。
相愛は互いの勇気でもある。つまり、愛は相対的なものでなく絶対的な私の「愛」という誓いにある。
勇気とは自分に誓うことだ。だから愛はお互いの誓いでもあり、それをアランは「真実の愛」と呼ぶ。
羽生結弦もまたそれを知る人だと思う。私たちもまた、そうだろう。
それを私たちはずっと、ずっと羽生結弦が世に出たノービス時代から続けてきた。ジュニア時代、五輪連覇、いやプロアスリート宣言後の人もあるだろう。もっと言ったら、羽生結弦より前からフィギュアスケートという競技そのものと相愛を続けてきた人もあるだろう。