滋賀トップ校で絶望、物理40点…阪大出身人気YouTuber・はなおを変えた「1冊の参考書」と自分で組む学習計画

滋賀県内屈指の進学校・膳所高校から大阪大学へと進み、現在は人気YouTuberとして活躍するはなお氏。中学までは常に成績上位を走ってきた少年は、膳所高校への進学を機に、大きな壁にぶつかる。そこで彼が選んだのは、塾に頼りきることでも、独学だけで乗り切ることでもなかった。後に大阪大学合格へとつながる、独自の勉強法に迫る。全4回の第2回。
みんかぶマガジン連載「天才たちの育ち方」
「テスト前のスケジュール」を自分で組める子と、親が管理しないと動けない子の差
進研ゼミを自主的に始めた小学校時代を経て、中学に進むと、自宅から徒歩5分の個人塾にも通うようになった。大手ではなく、個人の自宅の空き部屋を使って開かれているような、こぢんまりとした塾だったという。
「中学校の時も、勉強はもう自分でスケジュールを組んでいました。テストの2週間前から自分で計画を立てて、全教科どこで何を勉強するかっていうのは、自分の頭のなかに入っていました」
誰かに管理されるのではなく、自分でスケジュールを組み、淡々と実行する。「今思うと、独学精神みたいなのは多分その時から。自分で市販の参考書を買ってきて勉強するみたいなのは、自ずとやっていました」と本人も語るように、誰かの指導を全面的に受け入れるのではなく、自分に必要なものを自分で選び取っていく感覚は、この頃にはすでに身についていた。この学習スタイルは、後に進学校という厳しい環境に飛び込んだ際、大きな武器になっていく。
物理40点から難関大レベルへ跳ね上げた「運命の参考書」
高校に進学すると、周囲のレベルの高さに強い衝撃を受けたという。進学先は、滋賀県立膳所高校。1898年創立という伝統校で、県内公立高校では長らく偏差値トップの座を守り、京都大学への進学率も県内随一を誇る、地元では誰もが知る超進学校だ。それまでトップ層で当たり前のように過ごしてきた環境が一変し、成績は真ん中あたりに落ち着くようになった。
「当時はみんな平然と勉強をしているように見えていました。それなのに自分はめちゃくちゃしんどかったので、そこにかなり絶望した記憶があります。最初は進研ゼミで乗り越えようとしてたんですけど、さすがに独学じゃついていけへんと。周りがみんな大手の塾に通っていたので、僕も切り替えました」
こうして高校2年に入る頃には高校の近くにあった東進衛星予備校へと切り替え、本格的な受験勉強の体制を整えていく。そんな中、唯一得意科目として飛び抜けていったのが物理だった。しかし、その始まりは決して順調ではなかった。
「物理、最初はめっちゃできなかったんですよ。高校から習い始める全く新しい考え方だったので、最初のテストは40点から50点くらいだったと思います。ただ、物理を扱えたらかっこいいなっていう憧れがすごくあって。数学だと数字だけですけど、物理だと文字がいっぱい出てくるので」
この「かっこよさ」への憧れが、物理への学びを突き動かす原動力になった。本屋に足繁く通い、自分に合う一冊を探し当てたことで、成績は一気に上向いていく。